価値を繋ぐ戦い、そして落ちる影
IAVC設立会議――
世界各国の代表が一堂に会した歴史的な場で、空気は張り詰め、火花を散らしていた。
「技術の中立性は保証されるのか?」
「ジルガルドが密かに介入できる裏口はないのか?」
「取引データの一部は我が国の法律で秘匿されるべきだ!」
「各国の主権を侵害する可能性があるなら、我々はこの案には賛同しない!」
怒号と議論が飛び交う中、俺は必死に説明を繰り返した。
「我々は信用の仕組みを提供する。だが信用を作るのは、貴国自身だ。」
「システムは分散管理。技術監査は国際組織で実施し、いかなる国家も単独で介入はできない。」
「ジルガルドも例外ではない。これが原則だ。」
一触即発の空気の中、
ついに一国が手を挙げた――オリネスだった。
「我々は、未来を信じたい。我々の取引履歴は誰にも改竄されない。
その安心があるなら、取引の自由と繁栄を選ぶ!」
その言葉を皮切りに、メルディア、ナスティルと小国が次々と賛同し、会場の空気がわずかに変わった。
そして――
ついに、初の「国際信用連携試験取引」が行われた。
ラザーン港の荷主と、オリネスの商会の間で交わされた電子記録が、各国の独立台帳に同時に刻まれ、取引完了の証明が全会議場のスクリーンに浮かび上がった瞬間――
誰もが息を呑んだ。
「…これが、信用の鎖か。」
震える声で誰かが呟いた。
歓声が小さく、だが確かに湧き上がった。
だが、その光の裏で――
俺の元に、密かに届いた一通の報告があった。
「…これを。」
カルムが震える手で差し出したのは、EJ導入国の一つ、カリスタ王国の現状を記した報告書だった。
「国民の全取引履歴が王宮直属の『中央記録院』に集約され、
個人の買い物、移動履歴、寄付、労働、すべてが監視対象とされている。
異論を唱えた商人は『信用リスク』を理由に口座を凍結され、
反体制的な集会の参加履歴は即座に国王側近の目に届き、逮捕されている。
…国民は、自分の暮らしの一挙手一投足が監視されていると怯え、互いを密告するようになった。」
ページの末尾には、震える文字でこう綴られていた。
「この国は、信用の名を借りた檻になり果てた。」
俺は戦慄した。
「…これは、俺たちが作ろうとした世界なのか?」
王国体制の限界と危うさ
夜の王宮、誰もいない謁見の間で、俺は独り佇んでいた。
高い天井に掲げられた王家の紋章、金色に輝く双頭の獅子がこちらを睨みつけているように見えた。
「王が、全てを決める国。」
「その意志一つで、技術は祝福にも、呪いにもなる。」
ジルガルドも同じだ。
もし、王が暴走すれば、EJシステムは「信用の基盤」ではなく「支配の手段」に堕するだろう。
「…王国制には、限界があるのかもしれない。」
そう思った自分に、背筋が凍った。
「信用を王に預けるのではない。国民一人一人が信用を持つ仕組みを作らねば、国はまた滅びる。」
だが、どうすれば――?
その問いは、今も胸の奥で燻り続けている。
外では、夜の港にまた異国の船が入港し、積み荷が揺れていた。
光と影、夢と悪夢。
国を繋ぐための戦いは、まだ続いていた。