動き出す世界、渦巻く野心
ラザーン港での小規模実験の成功が伝わると、他国の視線が一気にジルガルドに注がれ始めた。
特に、長年ジルガルドを見下し、交易の中で優位に立ってきた大国エルゼラとカルヴァは、露骨な探りを入れ始めた。
「貴国の技術、確かに興味深い。だが、その根幹は我々の国でも再現可能では?」
カルヴァの特使がにやりと笑い、銀細工の装飾が施されたEJ端末を手に取る。
「この符文の構造…我が国の工房で解読できそうだ。」
「無理だ。」
俺はきっぱりと告げた。
「符文の構造は見えても、基礎となる魔素波長の安定化アルゴリズムと、認証時の干渉抑制式はブラックボックス化されている。」
「仮に模倣しても、魔素の安定性は得られず、認証に失敗する。」
だが、彼らの目は油断なく、明らかに技術そのものを奪おうとする野心を隠していなかった。
小国の挑戦
一方、ジルガルドの隣国、農業を主産業とする小国メルディアは、慎重ながらも協力を申し出てきた。
「我が国は小さいが、交易を活性化したい。EJ技術の支援を受け、農作物の取引台帳を試験導入したいのだ。」
メルディアでは、これまで農作物の出荷先や販売価格が不透明で、中間業者による搾取が横行していた。
だがEJ導入後――
「今年の麦の出荷量、誰がいつ出したか、正確に記録されている!」
「買い手が直接確認できる!もう中間業者に値を騙されない!」
「支払いも即時だ!代金が農民にすぐ届く!」
農民たちはEJ端末を手に涙を流し、首都の市場には「透明な取引の証」として取引台帳の一部が掲示されるようになった。
メルディア国王は王宮で声明を発表した。
「ジルガルドの技術は、我が国の未来を変える礎だ。」
このニュースは瞬く間に周辺諸国へ広がり、各国の使節たちが「EJ導入検討」を求めて王都ジルガルドへ押し寄せた。
だが、外交の場は静かなる戦場だった。
「技術を貸すなら、条件がある。」
エルゼラの司祭が薄く笑った。
「我々の商人ギルドにも、EJ認証システムの設計図を提供してもらおう。
取引の透明化は良いが、設計図がなければ監視ができない。」
「冗談じゃない。」
カルムが低く唸る。
「それを許せば、設計図を解読され、核心技術を奪われる。」
「だが、貸与しなければ他国は離れるぞ?」
サラが苦い顔で言った。
「信用を広めたいのに、技術の独占を強調すれば、『ジルガルドが覇権を狙っている』と誤解される。」
「…分かってる。」
俺は静かに言い、窓の外を見つめた。
港には相変わらず積み荷が山をなし、人々の怒号と笑い声が交錯していた。
「信用を広げる。それが目的だ。だが、核心技術は守らなければ、我が国の通貨が崩れる。」
「この綱渡りを、俺たちはやり抜くしかない。」
新たな挑戦の始まり
その夜、俺たちは国王陛下の前で、慎重に議論を重ねた。
「提案する。EJ技術の一部モジュールを輸出可能な形に分解し、各国の法体系や信用体系に合わせたカスタム版を提供する。
ただし、根幹部分は我が国でのみ管理する暗号化ライブラリとする。
さらに、各国のEJ台帳は独立運用とし、相互認証のための中立的な国際検証機関の設立を交渉する。」
「国際検証機関?」
国王が眉を上げる。
「はい。我々が信用を独占していると見られないために、技術的監査と認証の場を国際的に分散管理します。」
「これができれば、各国は安心して技術を導入し、我々は外貨を得て、貿易赤字を補える。」
「そして…」
俺は静かに言った。
「ジルガルドは"信用の土台を作った国"として、歴史に名を残すことになる。」
港の向こうで、また一隻、異国の帆船が入港する。
その灯りの奥に、国の未来がゆらめいていた。
俺は深呼吸し、胸の奥で熱を感じながら呟いた。
「ここからが、本当の戦いだ。」