「信用」ではなく「技術」
国王謁見の間、緊張に満ちた空気の中で、俺は各国の使節団に向き合っていた。
黄金の衣を纏うカルヴァの特使、黒い法衣を纏ったエルゼラの司祭、目元を覆面で隠したレダの交易代表――
彼らの目は一様に冷たく、そして鋭かった。
「では、大臣…貴国はこの『EJ技術パッケージ』とやらを、我々に売ると?」
カルヴァの特使が口を開く。
「そうだ。」
俺は一歩踏み出した。
「ただし、我が国の信用台帳への接続は許可しない。 我々が売るのは、魔素認証技術、取引改竄防止の符文アルゴリズム、認証端末の設計指針といった"技術"の部分のみだ。」
「つまり、通貨そのものではなく、信用を生むための手段だけを売る、ということか。」
エルゼラの司祭が目を細めた。
「それで信用を築けると?」
「信用は、各国の責任で築いてもらう。だが、その基盤を整えるには、この技術が必要だ。」
俺は静かに、しかし確信を持って言った。
「我々は"魔素の指紋"を用いた個人認証と、改竄不能の分散台帳の構築方法を提供する。
だが、台帳の中身は、各国が管理する。"誰が何を持つか"は、貴国の責任だ。」
沈黙が流れた。
やがて、レダの交易代表が低く呟いた。
「…興味はあるな。だが、実際に使えるか、試させてもらおう。」
小規模実験の始まり
数週間後、エルゼラの南港都市「ラザーン」で、初のEJ技術実証実験が始まった。
現地に赴いた俺たちは、港の一角に仮設の認証所を設け、EJ端末の試作品を設置した。
「この青い光の中に手を入れてくれ。魔素波長で本人を識別する。」
「取引の記録はここに残る。誰にも改竄できない。」
エルゼラの商人たちは訝しげに端末を見つめていたが、ある若い商人が試しに使ってみた。
「…あれ?もう記録が反映されてる?」
「そうだ。お前がこの荷を引き取った記録は、すでに台帳に刻まれている。これで誰も『受け取っていない』とは言えない。」
港の監督官が息を呑む。
「これは…偽証を防げるのか?」
「そうだ。」
「荷の横流しも?」
「取引履歴はすべて記録される。隠しきれない。」
やがて、試験導入された港の商人たちから声が上がり始めた。
「これなら荷主と揉める必要がない!」
「取引の証明が一瞬で済むのは助かる!」
「だが…これが国の信用を代わりに担うわけじゃないんだな?」
「そうだ。信用を築くのは、お前たち自身だ。」
「信用の国際化」という夢
夜、港の灯りを背に、俺はカルムとサラを見つめた。
「技術を売ることで、我々は外貨を得る。だが、ただの『技術輸出』では終わらせない。」
「…何を考えているんです?」
カルムが問う。
「これをきっかけに、各国が独立した信用台帳を持ちながらも、互いの取引記録を相互参照できる『国際信用連携システム』を作りたい。」
「それができれば、どうなる?」
「交易のたびに、金銀を大量に輸送する必要がなくなる。各国が独立しながらも、取引は透明で改竄不能になる。」
「そのとき、EJは『ジルガルドの通貨』を超え、信用の国際基盤になるんだ。」
サラは目を輝かせ、カルムは絶句し、やがて小さく笑った。
「途方もない夢だな。だが…やる価値はある。」
港には、まだ積み荷の山があった。
だが、その中で静かに、青白い魔法陣の光が灯り始めていた。
それは、この国が「閉ざされた国」ではなく、「繋がる国」へと歩む、小さな一歩だった。
俺は心に誓った。
「我々は、信用を独占しない。だが、信用の土台を築く礎となる。」
「それが、この国の新たな生き残り方だ。」