消える価値
「貿易赤字が、止まらない…。」
俺は港湾税関の報告書を握りしめたまま、執務室の椅子に沈み込んだ。
確かに交易は増えた。
港には他国の商船が溢れ、街には異国の品々が並び、活気は戻った。
だが――。
「エルゼラへの香辛料代、カルヴァからの機械部品代、レダからの薬品代…。支払いのほとんどが外貨建てで、流出している。」
「今や、我が国のEJ決済による取引量の増加が、他国への支払い負担を増幅しているのが現実だ。」
カルム局長の声が重く響く。
「取引は増えているのに、国庫は赤字だ。貨幣は国内でぐるぐる回っているだけで、外貨が流出している。」
俺は拳を握りしめた。
「これでは、いつかまた…国の信用が揺らぐ。」
輸出できるものを探せ
「ならば、我々が『外に売れる価値』を作るしかない。」
俺は机を叩き、声を上げた。
「売れるのは何だ?穀物か?金属か?…いや、それでは他国に勝てない。」
ふと、視界の隅に青白い光が揺れた。
机の上で淡く光る、Enchanted Verification System(EVS)の魔導装置。
「これだ…。我々の仮想通貨システムの技術。これこそが、他国にない唯一の資源だ。」
技術輸出の試みと壁
だが――理想は理想、現実は壁だらけだった。
「通貨のシステムを売り込む?ふざけるな!」
エルゼラの使節は鼻で笑った。
「貴国のEJシステムは確かに便利だが、信用の根幹は貴国の通貨システムそのものにあるのだろう?
それを他国でどう保証する気だ?ジルガの信用がなければ、ただの数字の羅列だ。」
カルヴァの商人は皮肉な笑みを浮かべた。
「確かに記録は改竄できないだろう。だが、貴国の技術に依存すれば、我々の取引は貴国に握られる。
そんなもの、喜んで導入する国があると思うか?」
さらに、技術輸出に向けての交渉では、
「これを導入したら、貴国の通貨で決済を強制されるのではないか?」
「魔素認証の仕組みを提供するなら、魔素波長の情報は貴国に握られるのでは?」
という国家主権への懸念が必ず持ち上がった。
俺たちは、自国の信用を守りながらノウハウを売りたい。
だが、他国は「信用の根幹を他国に委ねる」ことに強い拒否感を示す。
「信用」を基盤とする技術を、信用のない場所に売り込む――
この矛盾が、俺たちの足を止めていた。
試行錯誤
「…完全なシステムを売るのではない。『一部』を売るんだ。」
ある夜、俺はカルムやサラと共に会議室で語った。
「魔素認証システムの基盤部分や、改竄耐性の符文技術はパッケージ化できる。だが、信用台帳の管理権限は各国に移譲し、我々は完全なシステムの構築指導役に徹する。」
「つまり、EJシステムを『売る』のではなく、導入のためのノウハウと技術支援を提供し、技術料を得る形にする…?」
カルムが目を見開いた。
「そうだ。ただし、完全なEJシステムの心臓部は売らない。我々の通貨システムと他国のシステムは決して接続されないよう、絶対的な分離を保つ。」
「難しい挑戦だが…やるしかない。」
サラが頷き、俺たちは深夜まで議論を重ねた。
窓の外、夜の港にて
暗い港の向こうには、積み荷の山と揺れる船影があった。
その先には、異国の商人たちの目が、手が、利益を求めてうごめいている。
俺は夜風に吹かれながら、呟いた。
「我々は、信用を売るわけにはいかない。だが、信用を生む技術は売れる。
この道を開かなければ、この国はまた閉じてしまう。」
港の奥で、積み荷を運ぶ労働者の掛け声が響く。
国の未来もまた、この叫びの上に築かれているのだ。