情報の奔流、溺れる思考
視界が揺れ、耳鳴りが世界を覆う。
群衆の叫び、怒号、紙幣の舞う音――その全てが遠ざかり、代わりに、膨大な情報の奔流が頭の中に流れ込んできた。
「国庫残高、累積債務、対外債務残高、金準備、通貨発行総額、インフレ率、物価指数、失業率、歳入・歳出予算案、福祉支出比率、公共事業費、税収内訳、金鉱採掘量、港湾関税収入…!」
言葉、数字、符号、地図、政策案、経済指標、各省庁の報告書、政商の顔ぶれ、議会での審議議題、王命、勅令、反対派の名簿、支持派の顔、街の物流図、港の積荷、失われた歳入、放棄された農地、暴動発生地域、デモ鎮圧命令書――
「やめろ…!頭が割れる…!」
呻き声を漏らし、こめかみに手を当てた。
脳が焼けつくような熱を持ち、目の奥で光が弾け、心臓が荒々しく鼓動を打つ。
(何だこれは…!誰の記憶だ…俺の…じゃないのか!?)
自分の記憶が、他人の記憶に塗り潰される。
一瞬、自分が誰だったのか、その名前さえ思い出せず、立っているのか、倒れているのかも分からなくなる。
「…ッ!」
視界が真っ白になり、足元が崩れ落ちるような感覚。
自室を求めて
(落ち着け、落ち着け…!)
必死に頭の中の情報を押しやり、意識を繋ぎ止める。
(ここは…どこだ。城の中、城下、いや…俺の、部屋…!)
歯を食いしばり、足を引きずるように歩き出す。
目の前がぼやけ、石畳が揺れ、誰かが何かを叫んでいるが、言葉が理解できない。
ただ、身体が覚えている感覚だけを頼りに、重い扉のある階段を上り、
曲がりくねった回廊を進み、金属の装飾がついた扉の前に立つ。
(…ここだ。ここが、俺の…部屋だ。)
震える手で扉を押し開けると、薄暗い寝室が現れた。
重厚な木製の机、書類の山、埃の積もったランプ、厚手のカーテンが閉じられた窓。
そして、寝台――
「はぁ、はぁ……。」
膝から崩れ落ち、冷たい床に手をつく。
荒い呼吸を繰り返し、額から汗が滴り落ちる。
鼓動が耳の奥で轟音のように響き、視界が揺れる。
(何なんだ、この国は…俺は…何なんだ!?)
手のひらが震え、目の奥に熱いものが滲む。
「頼む…頼むから、少しだけ…静かにしてくれ…!」
頭を抱え、体を丸め、歯を食いしばった。
壁の向こうで、遠く群衆の声がまだ微かに響いている。
そのざわめきが、遠い地獄の残響のように、耳の奥で消えない。
それでも――
(俺が、この国を…なんとかしなきゃならないんだろ?)
そう呟いたとき、
自分の声が、知らぬ間に「大臣」と呼ばれていたその声色で響いた。
まるで、それが運命であるかのように――