安定と嵐
街を歩くと、かつて荒んでいた商店街の通りに、人々の声が戻っていた。
「EJでの支払い、ここでもできるの?」
「はい、お客様。QR符文はこちらです!」
子供たちは小さな魔石端末を手に、屋台の菓子を買い、笑いながら駆け回る。
市場の看板には「EJ支払歓迎!手数料無料!」の文字が躍り、パン職人は言った。
「EJのおかげで、取引がスムーズになった。もう金貨を数える手間も、盗賊の心配もいらない。」
一方で、港から内陸へと延びた新しい街道には、荷馬車の列が途切れず、
港ではエルゼラやカルヴァ、レダの商船が入港し、見たこともない積荷が次々と荷揚げされていた。
「香辛料が手に入ったぞ!レダからの胡椒だ!」
「硝子のランプが入った!薄暗い街路にも灯りがつけられる!」
「この機械…"織り機"っていうらしいぞ!布を織る速度が今までの三倍だと!」
仮想通貨の普及は取引の透明性と効率を高め、
公共事業は人々に雇用を生み、物流網を整備し、交易の拡大を後押しした。
王国の経済は、確かに「安定への道」を歩み始めていた。
税収は増加し、国庫の赤字は縮小へと転じ、街の空気には活気が戻りつつあった。
だが、変化の嵐は甘い果実ばかりを運んできたわけではなかった。
「エルゼラの技術者が、労働者の仕事を奪っている!」
「カルヴァの商人が、市場の価格を釣り上げている!」
「レダの言葉もわからない移民が増えて、治安が悪化しているじゃないか!」
港町の広場では、異国の商人たちが自国の商習慣を持ち込み、地元の商人たちと衝突する場面が増えた。
「エルゼラの帳簿では"数量は後日確定"なんて通じるか!」
「カルヴァの商人は『信用取引』を要求してくる!信用って何だ!?」
小競り合いが起き、時に殴り合いにまで発展することもあった。
また、技術の流入は一部の産業を急速に変革させたが、
既存の職人たちにとっては職を失う脅威となり、
「機械なんて許せない!あれじゃ腕のいい職人が潰される!」という声が、工房街からは上がっていた。
街角では、不安げに語り合う人々の声が聞こえる。
「国は変わりすぎた…。」
「昔はもっと静かだったのに。」
「新しいものばかりで、俺たちは置いてけぼりだ…。」
確かに、これまで変化を恐れ、ゆっくりとしか歩めなかったジルガルド王国にとって、
ここ数年の急激な変化は、刺激が強すぎたのかもしれない。
それでも、前に進むしかない
夜、港の倉庫の屋上から街を見下ろした俺は、灯りの海を見つめていた。
確かに、街は騒がしい。混乱も、衝突も、怒号もある。
だが、その中で交わされる言葉、取引、出会いが、新しい価値を生み出しているのも事実だった。
「トラブルは一時的なものだ。国が外と繋がり、広がりを持つ以上、避けられない痛みだ。」
「この痛みを恐れて、また閉ざされた国に戻るわけにはいかない。」
俺は拳を握りしめた。
経済の安定は、ただ数字の上での安定ではない。
人々が「変化」に適応し、時に傷つきながらも「新しい価値」を掴み取る、その営みの中にこそ、本当の安定がある。
そのために、俺がやるべきことは――
「この変化を、もっと多くの人が理解し、受け入れられるように支えること。」
「そして、誰もが新しい時代の中で役割を見つけられる仕組みを作ること。」
街のざわめきの中に、俺は国の未来への胎動を感じていた。