国の血脈
春の風が、かつてぬかるみだった山間の道を吹き抜ける。
「アルグレイド交易街道」――石畳が敷かれ、橋が架けられ、かつて人も馬車も通れなかった山の隘路は、今や人と荷車が行き交う「国の血脈」へと姿を変えていた。
「通れたぞ!ついに道が繋がった!」
労働者たちが泥だらけの手を上げ、歓声を上げる。
商人たちは新品の荷馬車を連ね、エルゼラ、レダ、カルヴァといった他国の名を冠した木箱を荷台に積み上げていた。
その木箱には、かつてジルガルドでは見たことのなかった、異国の印章と品名が踊っていた。
「これは…『硝子板』?」
「蒸気圧縮機の部品?…見たこともない仕組みだな。」
「この植物…『カカオ豆』だって?食べ物なのか?」
俺は港に並ぶ荷物を見渡し、胸が熱くなるのを感じていた。
これまでジルガルド王国は、閉ざされた国境の中で自給自足を目指し、外の世界を恐れ、交易をおざなりにしてきた。
だが今、国を貫く道が繋がり、港が整備され、外国の商船が次々と入港する。
外の世界との流れが、国を満たし始めていた。
技術がもたらす生活の変化
交易で運ばれてきたのは物資だけではなかった。
技術と知識が、国の空気を変え始めていた。
港町では、エルゼラの「ガラス工芸師」たちが招かれ、王国では珍しかった透明な硝子窓が貴族の屋敷だけでなく、街の薬局や商店にも設置されるようになった。
「ほら、窓が透明だと昼間はランプがいらないんだ!」
子供たちは目を輝かせ、その光景を見上げていた。
レダ国の「圧力鍋技師」たちは、魔力を利用した低圧鍋の製造法を持ち込み、調理時間が大幅に短縮されたことで、
市場では「肉の煮込み」「豆の煮炊き」が安く早く提供されるようになった。
「これなら、朝早くから仕込みをしなくても昼には出せるぞ!」と、料理人たちは声を弾ませた。
さらには、カルヴァ商会が持ち込んだ「水車式製粉機」の設計図が王国技師たちの手に渡り、各地の水辺に新しい製粉所が次々と建設された。
「粉が安くなる!」
「パンがもっと安く買えるようになる!」
人々の生活に、目に見える「変化」が広がり始めていた。
新たな税の流れ、そして希望
交易が活性化し、雇用が増え、労働者たちの手に渡った賃金の一部は税として国庫に戻り始めた。
それは、かつて福祉として一方的に与えていた資金とは違う。
人々が働き、価値を生み出し、対価を得た上で、「この国の一員として払う税」だった。
「税収が増えています、大臣。」
カルムが報告を持ってきたとき、俺は机に伏せたまま、ようやく安堵のため息をついた。
「これで…少しは、未来に繋がるだろうか。」
「国が…生きる国になるだろうか。」
それでも残る不満と問い
だが、国中に希望の声ばかりが響いているわけではなかった。
街の隅では、削減された福祉を嘆き、
「俺たちは見捨てられた」「昔の方が良かった」という声も絶えなかった。
「道や港より、家族を支えてくれ!」と叫ぶ者たちもいた。
その声を聞くたび、胸が痛んだ。
「…これで本当に、よかったのか?」
夜、暗い執務室でひとり、帳簿を見つめながら、俺は何度もその問いを自分にぶつけた。
だが、外から聞こえる街のざわめき、異国の言葉が飛び交う市場の熱気が、静かに答えていた。
「国は、変わり始めている。」
「そして、この国はもう――閉ざされた国ではいられない。」
俺はペンを握り、震える手で次の予算案の草稿を書き始めた。
「外と繋がり、価値を創り出す国」
それが、これからのジルガルド王国の未来だと信じて――。