信用の炎、国土を駆ける
アストリアの港から始まった「エーテル・ジルガ(EJ)」の流通は、予想以上の速度で王国全土に広がっていった。
港町での成功事例を聞きつけた商人たちが、EJ決済の導入を求めて中央銀行に詰めかけ、農村では収穫した穀物の代金支払いにEJを使う農民が現れ、都心部の市場では「EJ専用レーン」を設ける商店が増えていった。
魔石端末の製造も急ピッチで進められ、王国各地に「EJ認証所」が設置された。
紙幣の価値が日々暴落し続ける中、EJは「信用の島」のような存在となり、次第に「貨幣=EJ」という意識が王国の中で定着していった。
「EJなら安心だ。」
「誰にもごまかされない、盗まれない、無くさない。」
「もう、金貨も紙幣も必要ないのでは…?」
人々の声が、街のざわめきが、確かに変わっていくのを俺は感じていた。
「これで、信用を取り戻せる……」
その手応えを感じた矢先――新たな問題が、静かに姿を現し始めていた。
障壁の発覚
「大臣、問題が起きています。」
カルムが額に汗を浮かべながら、書簡を差し出した。
「これは……他国商会からの抗議?」
「はい。隣国エルゼラ商会からの正式な通達です。『ジルガルド王国はEJという魔法決済を強制しており、金貨での支払いを拒否しているため、これ以上の貿易取引は停止する』と。」
俺は息を呑んだ。
確かに、国内の市場ではEJがほぼ通貨の役割を担うようになっていた。だが、それはあくまで国内の話だ。
国外の商人たちからすれば、EJは「この国の内部でしか通用しない奇妙な魔法の数列」に過ぎず、何の保証もない存在だったのだ。
「そうか……EJは国内では信用の基盤となるが、国外では"何の価値もない"。金銀の裏付けも、他国の信用もない通貨を、どうして受け取る?」
さらに追い打ちをかけるように、カルムが告げた。
「大臣、我が国の輸出入額は他国と比べても著しく低く、特に戦略物資――鉄鉱石、医薬品、香辛料の大半を国内で賄えず、依存先は限られています。」
俺は机の上の国際貿易報告書を見つめ、愕然とした。
「ジルガルド王国、貿易依存率:9.2%。」
たったの9%。
我が国は、国境の山脈や内陸の閉鎖性、政情不安から長年鎖国的な体制を続け、他国との交易を軽視してきた。
それが、今――「EJ」という新たな仕組みが国内で機能し始めたことで、逆に「国際的な孤立」という弱点を露呈させていたのだ。
交易の壁
港に積まれた商品が行き先を失い、倉庫で腐り始める。
交易商人たちはEJの取引端末を前に、苛立ちと困惑の表情を浮かべていた。
「エルゼラの商人はEJを受け取らない。」
「南方のレダ国は、金貨決済以外認めないと言っている。」
「これでは輸入品が届かないぞ!」
国内でのEJの成功は、皮肉にも**「国際市場での孤立」**を鮮明にし、
その脆弱性は、俺の胸に鋭い刃のように突き刺さった。
「俺たちは、自分たちの国の中だけで生きていると錯覚していたんだ…。」
「だが、国は一国だけで成り立つものじゃない。他国とのつながりがなければ、物資も情報も価値も循環しない。」
俺は机を叩き、立ち上がった。
「EJを国際的な信用の通貨にするには、外の国との『橋』を作らなければならない。」
「このままでは、国全体が『閉じた実験場』で終わってしまう…!」
夜明けの王都。
市場のざわめきは、確かにEJの利便性を称える声に溢れていた。
だが、その裏で、遠い国の港では、積荷を抱えた船がジルガルド行きの航路を閉ざし始めていた。
俺はその現実を見つめ、拳を握り締めた。
「次の戦いは――国境の向こう側だ。」