改革特区「アストリア」
「レオン様、この場所を改革の礎とされるおつもりですか?」
カルム局長が不安げに問いかける。
俺は頷き、城下町から南東へ離れた沿岸都市――「アストリア」を見下ろした。
「ここだ。ここで始める。」
アストリアは港町として栄えたものの、長年の戦乱と流通の混乱で疲弊し、住民たちは皆、貧困にあえいでいた。
だからこそ、既存の秩序に縛られず、新たな仕組みを試せる「改革特区」として選ばれた。
「通貨は選べる時代へ」
このスローガンの下、アストリアでは「実貨幣(ジルガ新貨)」と「エーテル・ジルガ(EJ)」の併用制度が導入された。
市場の入口には大きな看板が掲げられた。
【ジルガ新貨、EJ両方でのお支払いが可能です】
【EJ決済の場合、取引手数料は無料!】
【EJ送金は即時完了!手渡し不要!】
初めは誰もが戸惑い、EJに対する不信の声が多かった。
「紙があればいいだろう。魔法の数字なんて信用できるか!」
「EJって、なんだ?それでパンが買えるのか?」
だが、徐々に変化は訪れた。
市場の風景が変わり始める
港の果物商、マルゴ老人は最初、紙幣以外の支払いを断固拒否していた。
だが、ある日、彼の孫が病で倒れ、急遽高価な薬を買う必要が出た。
その時、薬局で現金不足を理由に断られた老人に、薬師が差し出したのは、EJによる決済端末だった。
「これで払えば、在庫の薬がすぐに手に入りますよ。」
老人は震える手で魔石端末に触れ、孫の名前を呟き、支払いボタンを押した。
魔法陣が光を放ち、瞬時に取引が完了する。
「…もう、終わりか?」
「ええ。今の取引は、信用台帳に記録され、誰も否定できません。」
その夜、孫の容体は回復し、老人は市場でEJの取引を許容し始めた。
「便利だな…これ。持ち歩かなくていいし、盗賊に襲われる心配もない。」
「お爺ちゃん、パンもEJで買えるんだよ!」
孫が嬉しそうに笑う姿を見て、他の商人たちも興味を持ち始めた。
EJの「便利さ」は、生活の隙間に入り込む
市場では「お釣りの準備がいらない」「金庫が狙われなくなった」という安心感が広がり、
長距離交易では「重たい金貨袋を運ばずに済む」ことで商人たちの負担が大幅に減った。
また、港では「漁師の漁獲高がすぐにEJで取引所に記録され、そのまま決済できる」システムが試験的に導入され、
「取引証明が残るから、後から金額をごまかされない」という安心感が生まれた。
若い労働者たちはスマートな魔石端末を手に入れ、屋台での支払いや友人間の送金をEJで行い、
「便利すぎる!」「もう紙幣なんていらねぇ!」という声がちらほら聞こえるようになった。
だが、全てが順風満帆だったわけではない。
高齢者層や保守的な商人たちは、依然として「魔法に頼るのは危険だ」「紙幣の方が安心だ」という声を上げていた。
また、紙幣を持つ者たちが「EJばかり優遇するな」と抗議し、市場での対立も生まれていた。
俺はその様子を見つめ、肩を落としながらも、確かに進み始めた変化を感じていた。
「少しずつでいい…人々が便利さを実感し、"信用"を信じられるようになるまで、時間をかけるしかない。」
夜のアストリア港。
波の音が響く中、EJ決済で点灯される魔法の街灯が、青白い光を灯し、未来への道を照らしていた。
俺はその光を見上げ、そっと呟いた。
「ここからだ…この街から、信用の炎を再び灯すんだ。」