魔法の遊戯盤(エンチャント・テーブル)
深夜の王宮。
政務に追われ、疲れ果てた体を引きずるようにして、自室へと戻ろうとしたそのとき――。
ふと、廊下の奥、薄暗い部屋から微かな光が漏れているのに気づいた。
「…あれは…?」
重い扉をそっと押し開けると、そこはかつて王国の魔導技術研究室として使われていた部屋だったらしい。
埃をかぶった魔導書や古びた道具が散乱し、中央の卓上には不思議な光を放つ円盤状の装置が置かれていた。
円盤は薄い青い光を帯び、表面には複雑な魔法陣と文字列が浮かび上がっていた。
「Enchanted Verification System(EVS)」――古代言語でそう刻まれている。
その装置の周囲には、かつての研究員たちが書き残したメモが散らばっていた。
『個人認証システムの試作』
『魔素による識別符』
『データの完全性保証と改竄耐性』
「……これ、何だ?」
恐る恐る手を伸ばすと、円盤が一瞬、微かに光を強め、魔法陣の一部が回転し、青い光が俺の手首へと走った。
その瞬間、俺の名前――「レオン・グランヴェル」――が光の中に浮かび上がった。
「…これは、個人を特定する…?」
目を見開き、さらに装置の隣にあった石板に目をやると、そこにはこう記されていた。
『この装置に記録された取引、行動、価値の記録は誰にも改竄できない。』
『魔素による記録は対象の「存在の痕跡」に基づき、真実を刻み続ける。』
『虚偽の情報は記録されない。情報の信頼性は絶対である。』
「――絶対に改竄できない記録、だと?」
背筋に電流が走った。
それは、俺が求め続けた「信用の根源」そのものだった。
「この装置を、紙幣の信用回復に…いや、通貨システムそのものの改革に使えるのではないか…?」
胸の奥に火が灯るのを感じた。
信用を数値で示し、改竄不能の「魔法の記録台帳」を作ることができれば――もはや金銀に頼らずとも、人々が信じる"価値"を保証することができるのではないか。
「通貨の価値は、信用だ。信用は、正確な記録だ。」
その記録を誰も改竄できず、誰も偽装できない形で提供できれば…?
これまで夢物語だった「絶対に信用できる通貨」が、目の前にあるこの装置でなら、現実のものになるかもしれない。
「…やる価値がある。これしか、もう道はない。」
疲れ切った体に、再び熱が戻る。
政務に押し潰され、無力さに泣きそうだった俺の心に、再び闘志が灯った。
「カルム…カルムを呼べ。いや、あいつもダメだ。これを扱える魔導士は…」
俺は思い出したように、魔導技術局に幽閉されていた若き異端の魔術師、サラ・ミリスの名を呟いた。
「サラ・ミリス…あいつなら、これを使いこなせるはずだ。」
月明かりの差し込む部屋で、魔法の青い光が俺の顔を淡く照らしていた。
その瞳は、決意に燃えていた。