目覚めの国、崩れる時代
暗闇の中、意識が急降下するような感覚があった。
音も、匂いも、重力すら消え、ただ無限に落下し続けるような虚無感。
目を開けたのか閉じたのかさえ分からず、ただひたすらに、「何かが終わった」という感覚だけが残っていた。
(俺は、死んだのか?)
思考は鈍く、霧の中で足元を探すようだった。
だが、次の瞬間――
鼻を突く腐臭と、遠くで響く怒声、
紙幣が舞う音と、何かが割れる音、
誰かが泣き叫ぶ声と、罵倒の言葉が耳に流れ込んできた。
「買わせろ!そのパンをよこせ!」
「金はある!…あるはずなんだ!」
「くそっ、この金じゃ、もう何も買えねぇってのか!」
叫び声に混じり、視界が徐々に明瞭になっていく。
目の前には、荒れ果てた市場の風景。
石畳は泥とゴミで汚れ、腐った野菜が散乱し、
屋台は軒並みひしゃげ、通りにはぼろぼろの紙幣が風に舞っていた。
「なんだ、ここは……」
思わず声に出すと、周囲の喧騒の中で、その声が不思議な響きを持った。
「あれ?これ、俺の声か?」
低く、年を重ねた男の声が喉から漏れた。
手を見ると、見覚えのない指、汚れた袖口、革の手袋。
胸元には、見知らぬ徽章がぶら下がり、
足元には、金貨ではなく、見たこともない通貨単位が刻まれた紙幣が散らばっていた。
「おい、そこの大臣様よ!」
突然、怒号が俺に向けられた。
振り返ると、群衆の中から血走った目の男がこちらに詰め寄ってくる。
「この国をどうしてくれるんだ!金は腐るほど刷られてるのに、何も買えねぇじゃないか!」
「お前が財務を握ってるんだろ!何とかしろよ!」
「……っ!」
頭がぐわんと揺れた。
(待て、俺が…大臣…?)
(何を言ってる、この状況は…俺は、何者なんだ?)
思考が絡まり、視界がぐにゃりと歪む。
目の前で男が怒鳴り、後ろで誰かが泣き崩れ、紙幣が雨のように散り、腐臭が鼻を刺し、
足元で少年が倒れ、空腹のまま眠る子供の横を、大きな商人が無言で通り過ぎる。
「この国は…崩れている。」
そう思った瞬間、
胸の奥で何かがドクンと脈打ち、
不意に、頭の中に「財務大臣」という肩書きと、国の名前、「ジルガルド王国」という響きが流れ込んできた。
(俺は…ジルガルド王国の財務大臣…!?)
(どうしてだ…!俺は…一体、誰なんだ!?)
混乱と絶望と焦燥の渦の中で、
「この国を救わなければ」
という、理解できないほど重い責任感だけが、
ずしりと胸にのしかかっていた。