一
「ミリアム、そいつ死んでるのかい?」
陽炎揺らめく猛暑の中、焼けつくような熱さのアスファルトに寝転がって動かない少年を見つけ、連れの男が首を傾げた。先に立ち止まっていたミリアムは目を眇め、それからしゃがんで、少年の汗ばんだ首に手を伸ばす。
「……いや。生きてると思うけど。熱中症……か、腹ペコなのか、どっちかじゃない?」
「ははあ、都会のど真ん中で行き倒れかぁ可哀想に。んでそれコスプレ? 本物?」
「さあ……?」
今度はミリアムも首を傾げるしかなかった。少年はこの暑さの中、きっちりと首の詰まった司祭平服を着込んでいるのだ。燃えるような赤毛といい、黒ずくめの服装といい、見ているだけでこちらまで汗が噴き出てきそうな姿である。
ともかく身体だけでも起こしてやらねば火傷するだろう、とミリアムは少年を抱き起した。抱えてみれば、少年は際立って長身というわけではないらしい。ヒールを履いた今のミリアムと大体同じくらいだろうか。体重はその割に、少々心配になるほど軽い。
ともあれ、このくらいの重さならまあ何とかなりそうだ。
よし、と頷き、ミリアムは少年を背負って歩き出す。連れの男が慌てて声を上げた。
「ちょ……ミリアム? そいつ連れてく気なの? えーっマジかよ止めようよ僕そいつちょっとヤな感じ……って、おーい! 待てってば! ほら、ヘッドホンと音楽プレーヤー落ちてるよ! そいつのじゃないか?」
「ああ。ごめん、ヒュー。拾ってきて」
「無理だから! しかもこれ、さっきから嫌な音楽垂れ流してる感じがひしひしと……ねっ、悪いこと言わないよ。捨てて行こう?」
「……。ヒュー」
やいやいと騒がしく喚きたてるヒューに、仕方なく自力で音楽プレーヤーを拾い上げたミリアムは、じとりと横目を向ける。吹き抜ける風さえ生温い暑さの中、凍り付きそうに冷たい目を突き付けられた男は、何故かちょっと嬉しそうに頬を緩めた。
「何だい?」
「うざい」
「ですよね!」
「喜ぶな気色悪い」
「キャーもっと言って!」
「……ほんとこの変態……」
何がキャーだ、何が。頼まれなくとも何度でも言ってやりたい。ドン引きだ。
ぞわりと怖気が襲ってきて、ミリアムは思わず後ずさった。いつものことだが、ヒューは他人に罵られて何が嬉しいんだろう。分からない。分かりたくもないけれど。
ゴミ虫を見る様なミリアムの視線に構わず、ヒューは拳を握って力説し始めた。
「いやぁたまんないねこの、癖になる冷たさ! うら若きハイヒールの美少女がガニ股で男の子を担ぐ逞しさ! 街中で堂々と独り言のできる豪胆さ! 素敵! 誰に似たんだろう一体!」
「少なくともヒューじゃないのは確かでしょ。馬鹿やってないで早く。暑いし重い」
苛立ちで鋭さを増した口調に頬を紅潮させて喜ぶヒューを、心底気持ち悪いとミリアムは思うのだけれど、言ったらもっと喜ぶだけなので黙って先を急ぐことにした。
ヒューの言う「嫌な音楽」が何なのかは、大体想像がつく。だとしたら、この少年は本物なのかもしれない。そう思うとミリアムの足は重くなるが、ここで行き倒れを見捨てたせいで、このイゼリア州の中心地、大都会エディスの若者がみんな薄情者だと思われても癪に障る。
ひとまず立ち並ぶ高層ビルの影に入り、病院を目指すのが妥当かと辺りを見回していたミリアムは、背中におぶさっている少年の呻き声で我に返った。
「う……」
「ああ、君、気付いた? タクシー捕まえて病院連れてくから、少し我慢し……」
――ぐう。
間の抜けた音に、ミリアムは目を丸くする。対する少年は、消え入りそうな声で「すみません……」と呟いた。やはり、ミリアムの聞き違いではなかったらしい。
道理で軽いはずだ、と納得したミリアムは、元の仏頂面を取り戻すと少年に振り向いた。
「……腹ペコ、の方みたいだね」