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true177の短編小説10作詰め合わせ【4】

仮初めの彼女は、今日も傍にいる。

作者: true177

 漆黒に包まれた変哲の無い小部屋。ベッドの上に寝転がっている。猛暑の熱帯夜も耐えられるひんやりとした素材を敷いていて、身体を反転させる度に体が冷やされていく。


 薄明かりで、窓には秀一しゅういちが反射している。外はすっかり日も落ち、フクロウや盗人が活発に仕事をしていることだろう。


「……今日も疲れたぁー……。階段ダッシュ百往復とか、頭おかしいんじゃないのか……?」

『そういうこともあるよ、秀一。踏み外して踊り場まで落っこちた何て、気にしない、気にしない』

「俺がやってないことまで捏造するのはやめてくれよ……」


 瑠佳るかが、子猫をあやすかのように頭を撫でてきた。


 恋愛ゲームじゃないんだから、好感度を上げようとしてもムダだ。現に、今の愛情表現で好感度はたった二倍になった。


 学校でいつもそばに付いてきて、事あるたびに励ましてくれる。瑠佳は、慈愛の世界から舞い降りた天使そのものだ。無神論など、彼女との初対面でゴミ収集車へポイ捨てしてきた。


 勘弁してくれと瑠佳に目線で訴えかけても、目のニヤニヤを止めてくれない。芸人グランプリに出場するのではないのだ、ネタの完成度を試されてもこちらが困ってしまう。


 もう親しくなってから幾ばくかの歳月が警戒しているのだが、依然として瑠佳の性格は掴み切れない。コンニャクを素手で掴もうとしては、逃げられる。


「……持久力を付けるためだからって、階段往復は……。瑠佳が顧問だったら、どんな練習をさせるんだ?」

『そうだなぁー……。動物園からチーターを借りてきて、囲ませちゃおうかな?』

「それだと、逃げる間もなく首根っこを狩られそうなんですが……」


 野生動物との徒競走をさせられるのかと思いきや、秀一をエサとして提供する気満々だ。テレポート能力を手に入れて、瑠佳と入れ替わってやろう。


 彼女は、一瞬たりともから離れたことが無い。分離したがって暴れ出すこともあったが、どうにか鎮圧させて今に至るのだ。


 瑠佳が、小ぶりに生えている歯をのぞかせた。整然とした歯並びには美を意識させられるが、やや不規則に立つ歯も可愛らしい。


 脅かしてやろうと、グーパンチを繰り出した。万一運動神経が反応しなくとも逃げられるよう、寸止めできる力加減で。


 瑠佳は、秀一の腰に腕を回そうとしてきた。


『……あらあら、その拳は何かなぁ? 輪切りにして、明日の食卓に並べちゃう、ぞ?』

「俺が箸を持てなくなってもいいのか? ……それにしても、びくともしなかったな……」

『あったりまえだよ! 瑠佳は間違っても私を殴らない、ってね』


 後頭部にかいた冷や汗は、幸いにも彼女に看破されなかったようである。あと一ミリゴールラインからはみ出していれば、速度のついた拳は瑠佳の顔面に飛び込んでいた。


 行き場を失ったパンチを、瑠佳があどけない手つきで包み込む。やる気がないのではなく、かと言って骨を折るのでもなく、心地いい力加減だ。


『固いままだと包丁で切りづらいから、まずはこうやってほぐしていくねー』

「……偉そうに言ってるけど、顔を確かめたら一目瞭然なんだからな」


 秀一が抑え込まれているように映っているが、瑠佳は瑠佳で秋が到来している。成長途中だった実は熟れ、頬っぺたがだんだんと赤みを帯びてきているのだ。


 ベッドの上にまで同伴してくれる、最愛の恋人。リア充爆発しろの大合唱からは、とっくの昔に身を引いた。周りから復帰を推奨される意味がよく分からない。


『かお? 顔、がどうかした……? ご飯粒、でもついてる……?』

「とぼけてそっぽ向いても駄目ですよ、瑠佳さーん……。この美味しそうなのは何かな?」

『……セクハラで訴えてやるんだから! お金、準備しとかないと後悔するよ!』

「男の部屋のベッドに乗り込んできて、どうやったら裁判に勝てると思ってるのやら……」


 脳のメモリ不足で、最善手の探索が出来なかった瑠佳。主導権の風向は、完全に手のひらへと戻った。


 瑠佳の紅潮した頬を、人差し指で突っつく。抵抗を感じさせず凹んでいって、さらに赤みが増していく。


 指を引っ込めると、また弾力で元に戻った。上まぶたを半分下した恋人が、抗議のプラカードを掲げていた。


『……瑠佳、ずるい。私を堪能できる権利を瑠佳が独占してるのが、ずるい』

「それじゃあ、俺が出て行こうか? ……自分の家で寝室から追い出されるのもよく分からないけど」

『それはヤダ……』


 頭をブンブンと左右に振って、秀一の手を引き留めてきた。一度使うとやめられなくなる麻薬に手を出した人の気持ちがよく分かる。


 ゴムから解き放たれた頭髪が、ベッドにだらんと垂れている。念入りな洗髪が行き届いているのか、肉眼でもキューティクルが見えそうだ。


 廊下で躓いて、瑠佳を押し倒してしまったことがある。覆いかぶさった拍子に、彼女の頭髪にダイブしていたのだ。


 思いがけず訪れた、髪の香り。シャンプーそのままのにおいが鼻腔を刺激したのは忘れられない。


「……瑠佳は気付いてないんだろうけど、男子全員から狙われるぞ? こんなに愛嬌があって飛び跳ねる生き物、瑠佳しかいないんだから」

『うんー? それなら、今からでも飛び跳ねてあげようか?』

「ホコリが出てくしゃみが止まらなくなるからやめてくれ」


 ネジが抜けていると、珍解答を連発する機械と為す。市販のネジで補っているせいで、秀一の財布はすっからかんになってしまった。


 年頃の男子というものは、異性への期待が何処までも膨らんでいく生き物だ。雑誌の一面を席巻するスタイルを備えた瑠佳は、誰からも標的ターゲットになるに違いない。


 瑠佳が、手を差し出した。


『……眠る時、心配だから……。手、繋ごうよ?』


 遠慮気味に持ち掛けてきた話に、乗らないわけにはいかない。


「……まったく、俺がいないと何も出来ないんだから……」

『ある意味、それは合ってるけど……。わざわざ口に出すことなーい!』


 手のひらに、ほんのりと温かい感触が当たった。力を強めれば強めるほど、発熱の深部まで感じ取れる。


 ずっと、ずっと。これからも、これからも、瑠佳と一緒に生きていく。


「……ほんとに、恋人がいたらなぁ……」


 握りしめた指の隙間から、蛍光灯の灯りが漏れていた。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

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