ガーラン将軍宅にて
ローレンティア王国の首都である王都ベルファーレは、いくつかの区画に別れてつくられている。
王族の住まいであり国の中枢でもあるベルファーレ城を中心に、重臣の屋敷があり、兵士たちの詰所や訓練所があり、一般の市民が住まう区画ある。
それぞれを隔てている壁は見上げても頂上が見えないほどに高くて分厚い。
アシュトン伯爵の屋敷が重臣たちの屋敷がある区画のちょうど中ほどにあるのに対して、ガーラン将軍の屋敷は兵士たちがいる区画に近かった。
そこまでの距離は思った以上に遠くて、到着までに徒歩で30分くらいだ。
ガーラン将軍の娘のイレーナさんは屋敷に帰ってくるまで、わたしとディーを引っ張って走っていた。
すごい怪力だ。
「はあ……はあ……はあ……っ」
兵士の人たちが屋敷の門を開けて招き入れると、イレーナさんは両手を地面につく。
ポタリポタリと汗が地面を濡らしている。
でも、わたしとディーに兵士さんたちからの視線が集まっていた。
「おお、戻ったか!」
報告を受けたのか、屋敷から熊のような大男が出てくる。
兵士さんたちが危険だって止めているのに止まらない。
「父上」
イレーナさんは苦い笑顔を見せつつ顔を上げた。
ガーラン将軍はその顔を見て、わずかに目を細める。
「そうか。駄目だったのだな」
「わたしの力がいたらぬばかりに……」
「いや、そんなことはない。この状況でお前の他に、誰が使者になれるというのか!」
遅れて出てきた騎士さんたちや兵士さんも賛同の声を出した。
「して……その者らは?」
ガーラン将軍はようやくわたしたちを見た。
まあ、いるのには最初から気づいてたんだろうけどね。
でもわたしのほうを見て、どうしてだかおどろいた──ような。
「このふたりは」
とイレーナさんは言って、もごもごと言葉を濁した。
どうやら市場で会ったことは忘れているんだろう。
でもさ、わたしたち、ここに連れてきて貰ったわけだけど……残っていたらどうなってたのか。
あのお姉さんは許してくれなさそうだったなぁ。
そう思えば連れてきてくれたのは感謝しかないんだけども。
「あっその、わたしはリーネって言います」
「ディー」
ディーがそんな自己紹介をして、まるで時間が止まったみたいに静寂が流れた。
「このふたりがわたしを助けてくださったのです」
イレーナさんが言う。
「なに」
暗かったガーラン将軍の顔が明るくなった。
「そうか。ならばこんな場所で話している場合ではないな。お嬢さんたち、ぜひともわが屋敷でもてなさせてくれ」
わたしとディーは見つめあう。
「どうする?」
「入る」
即答。ディーは案外豪胆だ。
わたしはいろいろと考えちゃう性分だけど、考えたってどうにもならないのもわかってた。
今さらアシュトン伯のお屋敷に帰るのなんてできないもんね。
状況もそうだけど、道もわかんない。
屋敷に入ると客間に通されて、もてなしを受けた。
アシュトン伯爵のお屋敷で食べたものよりは質素な食べ物ばかりだったけど、味はおいしい。
本来なら秘蔵の酒を出すんだが、とガーラン将軍が言っていたけどもわたしお酒は飲めないしね。
客間にふたり。料理はたくさん。
「最近、食べてばっかりだ」
「うん」
ディーも同じ意見だったらしい。
さすがにさっきも食べてたからお腹がいっぱいで食べれない。そのことを伝えようと部屋から出てみると、どこかから揉めている声が聞こえた。
「アシュトン伯は、そんなに人を集めていたのか」
その声は苦しげな声だった。たぶんガーラン将軍の声だ。
「はい……百人はいるでしょう。お父さま、兵を集めてください。お父さまが号令をかければきっと彼らの何倍もの人たちがすぐにも」
「──ならん!」
ガーラン将軍が大きな声を出した。
わたしはびくっとしたけど、ディーは平然としてる。
とりあえず……盗み聞きはよくないとは思う。でも気になったから仕方ない。
わたしたちは廊下をこそこそと動いて声のほうに向かう。
「わしが国王陛下より将軍を任されているのは、ローレンティアの臣民と戦うためではない!」
「……ですが、向こうはこちらに攻めてきます」
「アシュトン伯は話のわかる方だ。それに誇りある名門の出でもある。招いたのであれば、きっと来てくださる。そのときに話し合えば」
そんな話をしている部屋の前で、わたしはあたふたしていた。
さすがに入れない。
ディーがドアノブに触れたので必死に止めたくらいだ。
しばらくすると扉が開いた。どうやら扉の前にいるのがバレたみたい。
「あら……」
イレーナさんはすこし考えたような顔をした。
「そうだ、ふたりに聞きたいことがあるの」
そうして招かれたのはガーラン将軍の書斎だった。
正面に熊のようなガーラン将軍がどーんと座ってる。その隣のイレーナさんはガーラン将軍の半分以下の細さだ。
本当に親子なのかな。思ったけど、なかなか失礼のことだと思ってわたしは首をぶんぶん振る。
ガーラン将軍が若干引いた感じでこっちを見てる。わたしは顔が真っ赤になった。
「まずは名乗らせてもらう。わしはガーランだ。ローレンティア王国で将軍をしている」
「わたしはその娘のイレーナです」
「えっとですね、わたしはトト……」
そこまで言って、わたしは斜め上くらいを見ながら考えた。
ちょっと待って欲しい。トトラ村から来たって言って、大丈夫なんだろうか。
目の前の相手は将軍で、揉めている相手は伯爵。
うちのお父さんは辺境の伯爵に仕えてる貧乏騎士だ。
お父さんが仕えてる伯爵の屋敷だって、ガーラン将軍やアシュトン伯爵の屋敷の半分の大きさもない。
「わっわた、わたくしは……」
目が泳いでいるのが自分でもわかる。
唇があわわと震えて言葉が出ない。
相手は大貴族ってやつだ。わたしのような田舎者は普段お目にかかることすら……。
「ディー。こっちはリーネ」
ディーが簡潔に答えた。
そ、そうか。別に本名というか名字まで伝える意味はないよね。
でもわたしは揉み手をしながらぺこぺこした。
「へへぇ、わたくし先日お嬢さまに市場で助けられまして」
「ああ! おぼえています。ではその礼として、助けてくださったの?」
いや……別にそれとはぜんぜん関係ないんだけど。
でもガーラン将軍は顔に喜びの色をいっぱいにしてうなずいた。
「こんなに若いお嬢さんが、義を重んじている。すばらしいことだ」
わたしは遠い目をする。
「……はい」
そのあとはイレーナさんが部屋を出ていって、なぜだかわたしとディーはガーラン将軍と書斎で3人って状況になってしまった。
イレーナさんがいなくなったからか、ガーラン将軍が視線を落とした。
「君らのような若い娘であっても、これだけ義にあついのだ。アシュトン伯の助太刀に来た方々は、さぞかし強いのだろうな」
さっきまでとは違って声に覇気がない。
見れば、ガーラン将軍は肩を落としていた。
「あっその、わたしには強さとか、あまりわかりませんけど……すごく強い人がひとりいますね」
「なるほどな。それが誰かは知らんが、イレーナが言うには騎士団長や御前試合での優勝者までいるのだろう? 将軍としては言ってはならんことだが、戦いたくない相手ばかりだよ」
ディーは表情すら変えずにじっと隣に座ってるけど、わたしは気になったことがある。
それは、そもそもこの騒動が起きたきっかけだ。
川で流されているときにおじさんに助けられて、その恩を返したいというか手伝えることがあったら手伝いたいと思ってここまで来たわけだけど。
ガーラン将軍たちがアシュトン伯爵の息子さんを襲うとは思えない。
でも、これを聞いたら後戻りができなくなりそうな予感がする。
「今なら、帰っても怒られるだけで済むかも」
わたしはぼそりと言った。
聞こえたのか、ディーの瞳がこっちを向いている。
でも。
「ガーラン将軍。この騒動がどうして起こったのか、聞いてもいいですか?」
言ってみて、ほんのすこし後悔もあるけど、だからといって知りたいことには変わりない。
わたしの問いかけにゆっくりとだけどガーラン将軍が口を開いた。




