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ガールミーツガール

 テーブルに次々と料理が運ばれてくる。

 飲み物がなくなったら、その瞬間に使用人の人たちが注いでくれた。

 話を聞いていてわかったけど、アシュトン伯は多くの人に慕われているみたい。でも剣術は微妙な実力らしい。

 寝たきりになってるっていうセイさんの(かたき)討ちをするのに、こんな人数がいるのかな?

 その疑問は簡単に解決した。

 向こう──ガーラン将軍の屋敷には副官を含めた騎士が集まってるんだとか。

 何がはじまるんだろう。戦争なのかな。

 どうなっちゃうんだろう。

 わたしの場違い感が……。


「旦那さま、ガーラン将軍からの使者が来ています……!」


 大広間に響いた声に、テーブルで談笑していた人たちが色めき立った。

 まるで敵が攻めてきたとばかりに扉の前に集まって、剣を抜いている人までいる。

 映画で見た攻城戦がこんなだったなぁ。

 わたしは呑気にそんなことを思っていたけど、扉に近い席だからこそ、騒動から近すぎる。


 集まっている人たちが左右に別れてアシュトン伯を通してる。

 アシュトン伯はひとりじゃなくて、上座にいた強そうな人たちを引き連れていた。

 でもおじさんは最後尾だ。

 

「通しなさい」


 アシュトン伯爵が言うと、使用人は急いで玄関に向かった。

 そして使者を連れてきた。

 その人は大広間に入ってきて、一瞬びっくりしたように目を見開いたけど、すぐに微笑みを見せる。


「アシュトン伯、お久しぶりでございます」


 青いドレスの(すそ)をつまんでのお辞儀。


 わたしは使者の人を知っていた。

 熊の肉を売りに市場に行ったとき、騙されそうになっているわたしたちを助けてくれた人だ。


「イレーナ。……何をしに来たんだ?」


 アシュトン伯は困ったような顔で言う。

 一方のイレーナさんは微笑みを絶やさない。


「父上からの言伝(ことづ)てがありまして。使用人に頼むのは失礼だと思い、わたしが参りました」


 わたしに向けられているものですらない、殺気というか視線に、わたしはあばばばと震えそう。

 でもイレーナさんすごいなぁ。気丈だ。こんな状況、わたしだったら気絶してるかも知れない。


「……そうか。ここで聞かせてもらえるか?」


 アシュトン伯に言われて、イレーナさんは一度口を開いたけど閉じた。言いにくいことなんだろうか。

 そしてまた開く。


「この場所には存じ上げない方々がいます。わたしの浅学(せんがく)と無知ゆえですが、まずはご挨拶をさせていただいても?」

「ああ、かまわない」


 イレーナさんはスカートの裾を持って、凜とした顔で人々を見回す。


「わたしはガーランの娘のひとり、イレーナです」


 誇りを大事にする魔剣士だからか、名乗られては黙っていられないみたいだ。

 周りの人たちがぼそぼそと自己紹介していく。

 でもこれだけの人が挨拶するのはなんだかおかしい。わたしはくすりとした。

 さすがにアシュトン伯爵も眉間を押さえてる。

 そして、


「こちらはオーガストどの。フェリカ流の師範代であり、オーガスト騎士団の団長だ。そしてベイツ騎士団のランドンどの。あちらの彼は昨年の御前試合で優勝したノーシュどの」


 代表3人を紹介した。

 イレーナさんは表情こそ変えなかったけど、ぎゅっと握っているスカートに力が入ってる。


「皆さまのご高名はかねがね……うかがっています」

「イレーナよ、ガーラン将軍はなんと?」


 問われたイレーナさんは姿勢を正した。


「父は、アシュトン伯爵を屋敷に招きたいと申しています。今宵は満月ですので、共に月見酒でもたしなみつつ話がしたい、と」


 聞き終えると周りの人たちが怒った。


「バカな! アシュトン伯にひとりで来いというのか?」

「行ってはなりませんぞ。きっと罠です!」

「ふざけおって! 何が話がしたい、だ!」


 怒号に包まれた大広間でわたしは「あわわ」なんて言ってるけど、ディーは平然としてる。

 それはイレーナさんも同じだった。

 

「では、わたしはこれで」


 帰ろうと扉を見たイレーナさんの前に、腕を切るって言ってたお姉さんが立っている。

 軽く手を柄に触れさせて、


「あんた将軍の子なんでしょ。じゃあ、腕を置いていきなさい」


 剣を抜き放った。


「なにを」


 剣が振られて。


 ──ガキィィン


 なんて音が大広間に響く。

 剣を振りかぶったお姉さんはおどろいてる。イレーナさんもおどろいていた。

 そして……わたしも。


「おどろいた……」


 じゃなくて。


「どうして出てきちゃったんだ、わたし」


 とっさに出てきて、剣で剣を受け止めちゃった。

 おじさんから貰った剣は頑丈で、相手の剣を受けてもびくともしてない。

 周りの目は、まあなんというか。

 いわゆる仲間割れな状況に唖然としてる……感じ?


「お前!」


 相手のお姉さんは剣を引いて下段に構えた。

 わたしは別に戦いたいわけじゃないんだよなぁ。

 それを示したくて剣を横にした。通行止めのようなジェスチャーをして示してるんだけど、なんだか逆に怒らせたみたいだった。どうして……。


「死ね!」


 下から来る剣にわたしがあたふたしていると、その刃をディーが踏みつけるようにして止めた。

 ブーツのような靴だけど、刃を止めているのは素材なのか魔力なのか。

 相手のお姉さんは即座に下がって構えなおして、腰の袋に手をいれた。


「行きましょう!」


 わたしとディーの手を取って、イレーナさんが走り出す。

 他の人たちをすり抜けるように動き、あっという間に玄関に出て、扉を蹴り開ける。

 イレーナさんに引っ張られていくわたしたち。

 通りを進むにつれて、お屋敷はどんどん小さくなっていった。



◇◆◇



 ディーとリーネが去っていったあとの大広間は罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛び交って収拾がつかなかった。

 いや、あれは去っていったというよりも、


「連れ去られたというほうが正しいか」


 男は鼻で笑った。

 馬鹿にしたのではなく、状況が面白かったのだ。

 関わってから日の浅いリーネはまだしも、ディーがあのような行動をするとは思わなかった。教えてもいないことである。


 大広間のなかで静かに座っているのは自分とアシュトン伯爵だけだった。

 アシュトン伯爵は困惑している様子でグラスを何度か唇に持っていくが、飲んではいない。

 他の者たちはディーとリーネに対して怒っている者が多い。

 とくにあの騒ぎの発端となった女は顔を真っ赤にしている。

 おそらく、堅気のものではない。

 この場にいる魔剣士たちはローレンティアの剣術流派に属している者が大半で、実戦経験が浅いか、まったく無い者すら多いだろう。

 しかしあの女は違う。血の臭いがする。剣が血を欲しているのを感じた。


「どうしたものか」


 ディーはともかく、今のリーネの腕前では必ず殺されてしまうだろう。

 男はそれを思って口に出したのだが、周りには違ったように聞こえたらしい。

 自分の弟子や部下を落ち着かせて戻ってきた者たちが勘違いしたようだ。


(しか)り。人質を取られたのは痛いのう」


 老剣士のランドンが言った。


「それだけではない。……アシュトン伯を招いた言伝(ことづて)てもだ。招かれた以上、行かねばなるまい」


 オーガストが苦虫を噛んだような顔で首を振る。


「断るのはどうですか?」


 若い剣士ノーシュが言う。

 考え方も若いな、と男は思った。


「招かれて行かなければ、逃げたと思われる。アシュトン伯が笑い者になってしまうよ」 


 男が言うと、ランドンとオーガストも同じ意見だったらしい。

 首肯で示している。

 こちらが被害者であり、加害者に復讐する。それは剣に生きる者──魔剣士に認められている権利だと言えるだろう。

 もちろんのちに裁かれることになるだろうが、そういった場合は恩情がかけられることが大半だ。

 称賛されることがあっても批判はまず無いといってもいい。


 しかし加害者から被害者(その助っ人であっても)が逃げた場合は、笑い者になってしまう。

 そうして一度失った名誉は二度と元には戻らない……。

 それは相手からの伝令に危害を加えた場合も同じなのだ。帯剣していないものだとなおさらである。


 だから。

 実際のところ、この場にはリーネが飛び出した行為に怒っている者ばかりいるのだが、内心では感謝すらしている者が多いのも真実だった。

 むしろ称賛すらしているはずだ。

 男はしかし、彼女は、名誉を守るためにと思って動いたのではないだろうな、とも思った。

 あれは考えての動きではなかったはずだ。無意識の動き、だろうか。


「ふふっおもしろい子だ」


 その言葉は今後の方針を決めるべく、ああだこうだと騒いでいる彼らの声に掻き消された。

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