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万天派

「朝ご飯」


 廊下からディーが言った。

 どうやら朝ご飯の用意が出来ているらしい。

 わたしはいつの間にか、朝まで剣術の練習をしていたみたいだ。

 おじさんの剣は握っていてしっくりくる。

 こんな剣があったら、わたしも剣術を頑張っていただろう。……騎士の子どもが集まる訓練所に、人見知りなわたしは行けないんだけどさ。


「うん、わかった。ありがとう」


 ディーの背中を追いかけて、その小さな背中を見ながらわたしはふと気がついた。


「わたし、ディーやおじさんとは普通に話せてる……もしかしてコミュ症が完治した!?」


 そんなときだ。 


「なんだ、中庭がぁあああああああああ!?」


 背後で宿屋のお兄さんが叫んだみたい。

 わたしは急いでディーに合流した。

 そのあと朝食を済ましてから、ディーと一緒に宿屋のお風呂に入った。

 宿屋の裏手に露天風呂があったんだ。朝に露天風呂なんて王さま気分。そんなことを思っていると、ふとここが王都だと思い出した。


「そういえば、ここって王都だ。リゼもいるのかな」

「リゼ?」

「うん。わたしの友達で、この国のお姫さまなんだよ」

「……お姫さま……」


 ディーはお湯に顔をつけてぶくぶくとした。

 ともかく、汗を流して、疲れも吹き飛んだような気がする。

 お風呂から出ると用意されている服に……用意されている服がある!?


「おお……」


 丈の長い落ち着いたあさぎ色の服に、白いスカート。

 生地がかなり上質なものだと触ってわかる。

 ちらりとディーを見れば、ディーはいつもの服に着替えているわけで。

 つまりこれはわたしに用意された服ってことのはず。


「着ないの?」

「き、着るよ」


 ディーに先に行って貰って、わたしは急いで着替えた。

 サイズがぴったりだ。

 たぶん宿屋のお兄さんが用意したんだろうけど、逆に怖い。


「お待たせしました」


 わたしはぺこぺこしながら玄関で待ってるふたりに合流した。


「似合っているね」

「似合っている」

「どうも。ふへへ」


 そんな笑い声を発していると、おじさんが帯を差し出して、


「これをあげるよ」


 と剣をくれた。

 剣術の練習で夜通し握っていた剣だ。


「えっいいんですか?」

「君が気に入ったなら、かまわない。ぼくはもう剣は使わないから」


 ディーはそそくさとわたしの腰に帯を回してくれた。


「ありがとう。あの、ありがとうございます」


 わたしは剣を受け取って帯に差す。

 ううーむ、すごいしっくりくる。まるで何年も使ってた剣みたいだ。


「では行こうか」


 宿屋のお兄さんが「行ってらっしゃいませ」なんて言ってるけど、「中庭を壊しやがって」なんて言ってるのも聞こえたような聞こえなかったような……。

 剣を振ってたら木とかに当たったのはおぼえてるけど、そんなに壊してないはず。はず。

 わたしはぺこぺこと頭を下げながら宿屋を出た。



 おじさんを先頭にわたしたちは進んでいく。

 どこに行くのかと思っていると、お城を囲んでいるいくつかある城壁のひとつを越えて、さらにひとつ越えた。

 ここまでくると一般人はほぼいない。

 あるのは閑静な場所だった。大きな邸宅があちこちにある。さっき通ってきた場所には兵士の詰所があったけど、ここには兵士の姿すら見えなかった。


「この先にアシュトン伯の屋敷がある。ローレンティアの城にも通う重鎮だから、無茶はしないように」


 そうおじさんは言ったけど、わたしに言ったんだろうか? それともディーに?

 ゆるやかな坂を登るとアシュトン伯のお屋敷が見えてくる。

 泊まったあの大きな宿屋と比べても、こっちのほうがさらに大きい。これが城の中にある個人のお屋敷だなんて信じられないよ。

 お屋敷の周囲をぐるりと高い鉄柵が囲んでる。

 進んでいくと門番らしき人たちがいた。


「止まれ! 何者だ!」


 腰の剣を抜いた門番たちに囲まれる。

 前からふたり、後ろに回ったのがふたり。

 刃はわたしたちに向けられていた。


「アシュトン伯ゾニどのの助太刀に参りました」


 おじさんの返答を門番たちは鼻で笑う。


「確かに伯爵は各地の名門流派に助太刀を頼んだが、貴様らのようなやつらは呼んではいない!」

「貴様らのようなやつら、とは?」


 おじさんが困ったようにこめかみを掻いてる。

 門番たちは馬鹿にするように笑った。


「剣を持たぬ魔剣士がいるか。その少女しか剣を持っていないではないか!」

「それに子どもを含めて3人とはなんだ」

「他の方々は大勢で来てくれているというのに。ふざけるな」

「貴様ら、やつらの間者(スパイ)ではないのか?」


 前から後ろから言われて、わたしはぽかんとしていた。

 何かすこしくらいは手伝えることがないかなっておじさんたちについてきたけど、これは一体なにごとなんだろう。

 伯爵さんが何かトラブルに見舞われてる系?

 いまトラブルに見舞われてるのはわたしたちだ。


「…………」


 ディーが一歩前に進んだ。

 でもおじさんがその肩を掴む。


「ぼくがやるから下がっていなさい」

「はい」


 言ったのが速いかやったのが速いか。

 門番さんたちが一斉に後ろに吹っ飛んで尻餅をついた。

 わたしはその一瞬に風を感じていた。たぶん、おじさんが目にも止まらぬ速さで殴ったんだと思う。

 あの森で襲ってきた巨大な熊を思い出す。

 蹴りにしろ殴ったにしろ、あのときのおじさんの攻撃を一発でも受けたら門番さんじゃ耐えきれないはず。

 だからおそるおそる視線を動かしたけど……門番さんたちは生きてる。直撃はしてないみたい。いわゆるすんどめってやつだ。


「な、なんだ。何が起こった?」


 門番さんたちは、自分たちに何が起こったのかわからないみたいだった。

 おじさんはそんな様子を見て、軽く息を吐いてる。


「どうした」


 騒ぎを聞き付けて屋敷から誰かがやってきた。

 袖を引きちぎったような茶色の胴着を来た、ヒゲのおじさんだ。

 すらりと背の高いおじさんよりも頭ひとつ大きい。腕なんてわたしの腰の太さはありそうだ。

 ヒゲのおじさんはおじさんを見て一礼した。


「それがしはオーガスト。フェリカ流の師範代であり、オーガスト騎士団の団長をしている。そちらはどの門派の方ですかな?」

「ぼくは万天派の人間です」

「おお!」


 ばんてんは?

 わたしの知らない流派だ。知ってる流派のほうが少ないけど……。ちなみにフェリカ流も知らない。

 とにかくおじさんがそう名乗ると、ヒゲのおじさんはどうぞどうぞと招いて、おじさんの背中を肩を組むように押していく。

 わたしとディーは尻餅をついてる門番さんたちの中央で、また見つめあった。


「ばんてんは?」

「…………」


 聞いてみたつもりだったけど、ディーは首をかしげた。

 知らない?

 むむぅ、聞くのが唐突すぎたのかも。


「行こう」


 ディーがそう言って、おじさんたちの背中をゆっくりと追っていく。

 わたしは手を貸そうと門番さんたちを見たけど、むっとした顔で顎をしゃくられた。

 行きやがれ。

 そう目で言われた気がする。たぶんそんな感じ。

 数歩を進んでみて、身体がどこも痛くないのに気がついた。

 昨日の夜は剣を振れたし、治ってたのかな?

 軽く巻いてる腕の包帯も、もういらないとは思うけど、外しても捨てる場所がない。

 だからそのままで。


 わたしはうなずいてからディーの背中を走って追いかけた。

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