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おぼえるの、下手らしい

 宿屋は高そうなお店だった。

 門から一番近いってことでディーとあっちだこっちでしょと揉めたけど、結局どっちでもなかったんだけどね。

 おじさんが居たのは門から四軒目くらいの宿屋だ。

 正直に言って、よく会えたなって思う。いや本当に。


「ははっ、どうせ泊まるなら広い場所がいいと思ってね」


 おじさんはそんなことを言う。

 すこし日本の旅館みたいな雰囲気のある宿屋は、いわゆる高級旅館と言われそうなやつで、中庭に庭園があったりする。


「あの、失礼なことを言いますけど……お金のほうは?」


 わたしはおそるおそる聞いてみた。

 本当に失礼なんだけど、おじさんはどう見てもお金を持っていそうにないんだもん。

 ディーが持ってるお肉を売った料金やわたしの財布のお金を足しても、一泊できるのかどうか……。

 おじさんはそんなことを聞かれて、からからと笑った。


「大丈夫大丈夫。ここは知人の店だから」


 らしい。


「おや、あなたが笑うとは珍しい」


 玄関部分にいたんだけど、宿屋の奥から人がやってくる。

 なんというか……優しそうな、それでいて胡散臭そうな目のお兄さんだ。


「ぼくは金が無いわけだが、それでも泊めて貰えるのだろうか? できれば食事もいただきたい」


 おじさんがうやうやしく頭を下げる。

 胡散臭そうな目のお兄さんは、あわてた様子で支えるための手を差し出した。


「おやめください。……こほん。もちろんでございますとも、今宵は貸し切りにしておりますし、食材も最高級のものをご用意させてもらいました」

「ほう。それは感謝を」

「いえいえ、本当にやめてください」


 お兄さんはこっちを見た。

 ディーのことは知っている様子だったけど、わたしを見ると顎先に手を当てて考えてる。


「こちらの方は? まさか弟子をとられたので?」

「いや」


 おじさんは考えるように腕を組んだ。


「どうなんだろう。それもいいかも知れないが」



◇◆◇



 大広間を3人で使うのは、なんだか逆にしんどい。

 こんな豪華な場所、田舎の騎士の娘にはいるだけで精神的なダメージを受けているような気さえするし。

 ドラマで政治家が密会するしてるような場所だもん。

 わたしは場違いすぎるって。


 飲み物は色つきのガラスに入ってやって来た。

 うちでは絶対に出てこなさそうな、肉汁たっぷりの牛肉だとか新鮮な海産物。出汁がとられた汁物なんて絶品だ。

 アクシラ王国魔剣士学園の食堂も絶品揃いだったけど、こっちはさらに高そうな味がする。

 学生なんかが食べちゃいけない感じががががが。


「さてと、傷を見せてくれるかな」


 メロンなのかなんなのか、そんな果物がふんだんに使われたケーキを食べて震えているわたしの元に、おじさんがやって来る。

 大広間、めちゃくちゃ広いからやって来るのに数秒かかってた。


「あっはい」


 おじさんは腕の包帯を外して傷を見てる。

 たしか骨折してたんだっけ。

 でもおじさんが腕を押してみたり撫でてみたり触っているけど、もう痛くはない。


「まさか……治ったのか?」


 つぶやいた声が聞こえた。


「もう痛くない?」

「全然痛くないです! すごいですね、あの熊の肉!」


 おじさんはわたしの言葉にすこし目を細める。


「いや、そうだね。確かに……魔力の込められた肉だから傷の治りにも期待はできるんだが」


 そんなことを言って、おじさんは立ち上がると大広間を出ていった。

 ディーはこの食事中も隣に座って食べさせてくれていたから、わたしの腕を見てもう大丈夫だと思ったんだろう、自分の席に戻っていく。


「ディー、ありがとう」

「…………」


 ディーはこくりとだけ首を振って、並べられているたくさんの食事に挑みはじめた。

 すぅー、と大広間の扉が開く。

 おじさんが戻ってきたみたいだ。でも、手には剣が握られている。

 ぽかんと見ていたわたしの前にやって来て。


「これを使って剣術を見せてもらえるかな?」


 渡された以上は受けとるしかない。

 わたしは剣を受け取って鞘から走らせる。抜き身の白刃がキラリと光った

 綺麗な両刃の剣だ。

 刀身がなんだか青白い。


 見られている以上は仕方ない。

 わたしは立ち上がって剣を振ってみた。ぶんぶん、ぶんぶん。

 ディーはちらりとだけこっちを見て食事に戻る。おじさんは手のひらで顔を覆ってる。


「ローレンティア流だね、それ」

「はい。10だ、ん……もとい初級です」

「だよねぇ」


 がっくりと肩を落とすおじさん。

 剣を受けとると肩をトントンと叩いてる。


「よし、興が乗った。ついておいで。ディーは食事をして、終わったら魔力操作の訓練をしていなさい」

「はい」


 おじさんがそんなことを言って大広間から出ていく。

 わたしはちらりとディーを見た。

 伊勢エビみたいな生き物をそのままグラタンみたいにしてる料理をボリボリ食べてる。ひえっ。

 ま、まあ食べ方は人それぞれだろう。あれが正しい食べ方かも知れないし。


 ともかくおじさんについていくと、たどり着いたのは中庭だった。


「君、誰かに弟子入りしているかい?」

「してないです」

「つまり剣術はともかく、魔力に関しては独学ってことだよね」

「一応、学校では習ってますけど……」

「学校ね……。ぼくはふたつの剣術をおぼえているんだけど、そのひとつを教えてあげようと思う」

「えっいいんですか?」


 わたしは剣術にあまり興味はない。

 でもおじさんのすごい動きは知っている。こんな達人に教えて貰えるなら──ごくりと息を呑んだ。


「興が乗ったからね。でも1度しか教えない……ゆっくりやるけど見逃さないように、しっかりと見なさい」


 おじさんは剣を抜き放つ。

 でも、わたしから見てもゆっくりと動いた。

 まるで泥の中にいるような、ゆったりとした動きで剣先があっちに行き、こっちに行く。


「型は教えない。構えも教えない。それをすれば本格的な弟子になってしまうからね。でも剣を持つ者として、要諦(ようてい)は伝えよう」


 わたしはおじさんの動きに目を奪われた。

 これほどまでに綺麗な剣術は知らない。ローレンティア流やアクシラ流とは全然違う。

 そういった基本的な流派の技とはまったく違っているんだ。

 だから、おじさんが動きを止めたときには残念な気持ちになったし、自分でもやってみたくなった。


「ほら」


 そう言っておじさんは剣を渡してくれた。

 当のおじさんは岩に腰かけて、なにやら紙に書きはじめてる。


「やるぞー!」


 わたしは剣を振りはじめた。

 おじさんの動きを思い出して、自分がおじさんになったような……それは違うか。


「いや、そこは足が先に出るんだ」


 おじさんは何かを書きながらそう言った。

 見てないはず。見えてるのかな?


「違う。起点となるのはさっきの薙いだところからだ」


 案外……、


「もう少し剣を上に。違う、剣先は動かさない」


 これ全部教えてくれてるのでは?

 おじさんは紙に書き終えたと同時に、片手で額を押さえた。

 

「こう言っちゃなんだけど、君……おぼえるの下手だね。結局、全部教えてしまったよ」


 どうやらわたしはディーと比べてもおぼえが悪いらしい。うう。


「すいません……」

「ま……大事にしてくれ」


 おじさんはわたしの肩をぽんっと叩いてから紙を渡してくれた。

 それは紙の束というか本というか。その中間って感じ。

 ぱらりと数ページ開いてみると、呼吸法だとか身体の中での魔力の動かし方が書かれている。


「そっちはもうすこし魔力が戻ってからやるといい。大気の魔力を感じた君ならできるはずだ。おぼえたら燃やしてくれ」


 言って、おじさんは疲れたように歩いて行った。

 わたしはおぼえたばかりの剣術を(流派の名前すら知らないけど)もう少し練習してから戻ることにした。

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