観光と食事と吟遊詩人
「熊の肉、とてもいい肉、うまい肉」
ディーは謎の俳句なのか川柳なのか肉屋の標語なのかも知れないようなことを言った。
背負っている葉っぱで包んだ肉を台の上にどさりと置く。
ここはベルファーレの東側にある市場の一角。
周りには屋台がたくさんあって、小麦粉みたいな素材を売ってたり加工してパンを売ってたり、はたまた服屋や肉屋なんかもある場所だ。
昼食を買いに来てる職人っぽい人や晩ご飯の材料を買いに来ているご婦人っぽい人が数えきれないくらいいる。
そんな場所を子どもが走ってたりする。
騒々しいけど、嫌な感じはしない。お祭りみたいだなってわたしはすこし懐かしく思った。
「そうか。じゃあ重さで買ってやるよ」
肉屋の店主がそう言って秤を取り出して台の上に置いた。
片方に肉を置いて、もう片方に重りを置いていく。
「ふむ。重り3個の重さの肉の塊が3つだな……つぅーことは、銀貨で9枚ってことだ」
「わかった」
肉屋の店主が差し出した手のひらをディーが掴もうとすると、
「待ちなさい」
という声が聞こえた。
声のほうを見ると、肩を大胆に出している青いドレス姿の女性が立ってる。
「あなたも名誉あるベルファーレの住民でしょう? よその人を、それも子どもをカモにするのはやめなさい」
キリッと言われて肉屋の店主はぐっと一歩下がった。
騙されてたの!?
わたしとディーは肉屋の店主をじぃーーーと見つめる。
「しょ、証拠はあんのか?」
「その重り、どうせ細工してるんでしょう。なんならそこらの店から重りを借りてくるけど? 法で定められている重りとどちらが重いか、調べてみますか?」
「言いがかりだ!」
ドレスの人と肉屋の店主がにらみ合ってる。
「ディーはどう思う?」
「重り、わからない。調べてみる」
ひゅん──という風切り音がした。
ぱちり、と重りが真っ二つになる。それだけじゃなくて秤も断面図が見えるくらいには真っ二つで、秤を置いてた台も真っ二つになった。
「な、なんだ!?」
肉屋の店主がびっくりしてるけど、ドレスの女性が秤を置いていた台に近づいてなにかを拾う。
「これはどういうことかしら?」
重りの中に別の金属が入っているのが見えた。
それだけじゃなくて秤の皿にも細工があったし、それを置いてた台にまで……。
「それは……」
何も言えなくなった肉屋の店主に向けて、様子を見てた野次馬たちから非難の声がかけられた。
肉屋の店主はぐったりと四つんばいになってる。
「お嬢さんたち、あなたたちの持ってきた肉はわたしが買います。そうね、おそらく銀貨20枚ってところかしら。それでどう?」
わたしはディーを見た。
ディーはこくりと頷いて、ドレスの女性と握手する。商談成立だ。
ドレスの女性は肉屋の店主に振り返った。
「これからはまっとうに商売なさい」
そう言って一緒に来ていた使用人のような人たちに熊の肉を運ばせて去っていく。
ディーは手のひらにある銀貨をちゃりちゃりと触っていた。
「増えた」
「あっお礼を言うの忘れちゃった」
「お礼?」
「うん。だって騙されるところだったし」
スカートのポケットにお金を入れたディーは不思議そうな目でわたしを見る。
お互いにとくに何も言わなかった。
わたしたちはお肉を換金したから食事をすることにした。
もう昼頃だから、なにかを食べようとディーに誘われたんだ。
ローレンティア人なのに、わたしはベルファーレのことを何も知らない。どんな食べ物が有名で、どんな食べ物が美味しいのか。
それはディーも同じだったらしい。
街の中央をぶち抜いているような大河を見ながらふたりで歩いていると、
「ベルファーレに来たら魚を食べないと」
なんて声が聞こえた。
いわゆる客引きの声なんだけど、横には綺麗な川があってすぐそこには海もある。
魚が名物なのかな?
「魚」
ディーが水面を泳いでる魚に指をさした。
「魚だね……っておおい!」
靴を脱いで川に進んでいくディーをなんとか引き止める。
なんで止めるんだって顔で見られた。
「いや、買おうよ。わたしも財布はあるし」
泥で汚れた財布はあるんだ。
流されたときの残っていて助かった。
とりあえずさっき客引きの人が立っている店に入ることにして、話しかけると店の中に案内された。
広いお店は混んでるけど、ちょうど席が空いたのでわたしたちはそこに座る。
わたしはメニューに『オススメ!!』って大きく書かれている魚の香草焼きを頼んで、ディーは串焼き肉を頼んだ。
「申しわけありませんが、これから吟遊詩人が食事に華をつけてくれるそうでして」
「へ?」
わたしは辺りを見てみた。他のテーブルにも店員さんが行って、お客さんたちはお金を払っているみたい。
ディーは表情を変えずにやって来た店員さんを見ている。
これがチップ文化なのだろうか。
とりあえずどのくらい払えばいいのかわかんないけど、銀貨を1枚だけ払う。ディーも1枚払った。
「こちらのお客さまから銀貨をいただきました!」
店員さんが大きな声で言う。払いすぎたのかな?
店の奥にいた吟遊詩人のお姉さんは片足を引いてお辞儀した。
それから椅子に置いてあった羽根つきの帽子をかぶって脚を組んでリュートを持つ。
「これは神話をもとにした詩です」
リュートがポロロンと鳴り、綺麗な声が響く。
名もなき神がこの世に降り立つ
終わらぬ戦乱のなか、我らはかの御方に出会う
光を持ちて悪を討ち、悪は滅びて秩序を手にす
我らはかの御方を神と認め、平和の時代がはじまった
ああ、とこしえに続く人の世に
ああ、とこしえに続く神の威光
わたしはパチパチと手を叩いたけど、ディーは届けられた肉料理を食べてる。
そんなときだった。
静かな雰囲気だった店内に笑い声が響いた。
わたしたちとは反対側にいる集団が酒を飲みながら騒ぎ始めたみたい。
「リーネ」
「ん?」
呼ばれたので見てみると、ディーが切った魚の香草焼きをフォークに刺して口元に差し出している。
「あーん」
「あっあーん」
周囲からの視線が痛い。
これでわたしかディーが男の子だったら、イチャイチャしてるカップルにでも見えるんだろうか。
いや、どう見てもわたしが怪我人なのはわかってるんだろうけど。
というか、むむっ。差し出された香草焼き、さすがオススメ、とてもおいしい。
「おい、あれ見ろよ」
「あーん」
「きゃはは」
なんて声が騒いでる席から聞こえる。ぐぬぬ。こっちは怪我人だぞ。仕方ないでしょ。ぐぬぬ。
抗議の意思を込めてちらりと見てみた。
テーブルにお酒がいくつも置かれてる。飲んでる人たちは……どうなんだろう、わたしたちよりは年上だろうけど、若そうだ。
「おい、白髪がこっち見てるぞ」
誰が白髪じゃい。生まれた時から白髪じゃい。
わたしはさっと視線を魚の香草焼きに──あれ、次のが来てない。
どうやらディーも向こうのテーブルを見ているみたいだ。だからあーんは出来そうにない。
「あいつらうるさい」
そんなことを言っちゃうとやっぱり聞こえちゃうわけで。
酔っぱらいたちは立ち上がった。
腰には剣を差してる。魔剣士だ。
「おい、なにか言ったか?」
「えっあっそのっ……お肉おいしいって」
「本当か?」
酔っぱらいたちはディーを見おろした。
「違う。あいつらうるさいって言った」
「けっ、もう一度言ってみろ!」
若い酔っぱらいが腰の剣を掴んだ。
怒ったような声を出して、それでも剣を抜かない。いや……抜けない?
どうしてだか本人も驚いているような表情だけど、剣は鞘とくっついちゃったのかやっぱり抜けそうにない。
「おい、やめとけ。師匠に怒られるぞ」
「偉いぞ、抜かないとはな」
「いや、あのっ、剣が」
そんなことを言いながら酔っぱらいたちはお店から出ていく。
「ディー、今なにかした?」
「…………」
わたしたちはそのあとも食事をして、街を観光してからおじさんとの待ち合わせの場所でもある、門から一番近い宿に向かったのだった。




