ローレンティア王都ベルファーレ
朝陽が昇る時間帯に、わたしは目をさました。
ジェットコースターのように縦横無尽に走り回るおじさんの背中で、だ。
案外馴れれば寝れるみたい。跳んだり飛び降りたり壁を走ったり、そういう普段はやらないしやれないような移動だって落とされないってわかれば馴れちゃう。人間ってそんなものだろう。
な~んてわたしは悟った。
朝陽がまぶしい。後ろには汗みずくのディーがいる。
「…………」
わたしはおじさんの背中から降りた。
もう到着したみたいだし、さ、さすがに今のディーを見ながらひとりだけ楽はできないよ……。
「あの、ありがとうございました」
「かまわないよ」
ディーは見るからに疲れているのに、おじさんは汗の一滴も流れていない。
清々しいほどにすごい人だ。
「えっと、この街が目的地なんですよね?」
聞いてみてわたしは首をかしげた。
そりゃそうだろう。だって街の城壁近くだし、ここ。
「ああ。ここが目的地だよ」
おじさんは肯定するように首を振る。
そして歩き出す。わたしも熊の肉を食べたからか、歩くくらいはできるようになってたみたい。
おじさんを先頭に、ディーとならんでついていく。
城壁は見上げないと頂上が見えないくらいに高かった。
壁沿いに進んでいくと、門が見える。そこから並んでいる人たちも。
「あまり並んでいないな。よかった」
おじさんはそんなことを言ったけど、どう見ても20人以上並んでいるんですが。
わたしたちは列の一番後ろに並ぶ。
「ここ、どこですか?」
ディーが聞いた。
あれ、ディーも知らないの?
「ここは」
と、おじさんはわたしたちを見下ろす。
「ローレンティア王国の首都、王都ベルファーレだ」
王都……というかここってローレンティア王国だったのか。
わたしは安心したけど、トトラ村から10日以上かかると聞いたのを思い出して口をあんぐりと開けた。
そ、そんなに流されていたんだ。
いや、おじさんの背中にいたからあの小屋がどこなのかすらわからないけど。
「王都ベルファーレはローレンティア王国で一番の都市であり、歴史のある最古の城でもある。人口は国で一番多くて交通の要衝でもあるのさ。陸路では商人の荷馬車が列をつくってここを目指し、港には多くの船が集まってくる。海路としても優秀な場所なんだ」
by名も知らぬ商人さん
わたしは商人さんに話しかけられてそんなことを聞いた。
話しかけられた理由っていうのは、どう見てもわたしがこの王都ベルファーレの住人には見えないってのが理由なんだろう。
そりゃそうだよね、服装は田舎っぽくてボロボロで、そのボロボロのすき間からは包帯が見えてる。
商人でもなければ住人でもなさそうなわたし。
商人さんはわたしの素性を知りたそうだったけど、それだって暇つぶし目的なのはわたしでもわかった。
「はい、次の方」
長い入国審査、もとい入都審査がわたしたちの番になる。
紙を持った兵士さんがすこし眠そうにこっちをみた。
「どういった理由でベルファーレへ?」
「知人に会いに」
おじさんが答える。
「お相手がどなたかうかがっても?」
「アシュトン伯のゾニどのに」
どうやらおじさんとディーの目的はその人に会うことらしい。
でも、それを聞いた兵士さんは「ああ、またですか」と言った。
「アシュトン伯が何をされているのかは存じませんが、あなたのような、いえ子どもをつれているような人はいませんでしたが……ともかく武人のような方が多数集まっているのです。きっとあなたがたも同じような理由で来たのでしょう?」
「さあ、それはわかりかねます。しかし他にも、とおっしゃいましたか……」
「ええ。ここ数日で……そうですね、10組はいらしたかと」
おじさんはすこしだけ引きつったような顔でこめかみを掻いている。
他にも人が来ているのを知らなかったみたいだ。
アシュトン伯っていうのはアシュトンって地方の伯爵なんだろうけど、わたしは知らない地名だった。まあわたしは地理をまったく勉強してないのでトトラ村の周りのことすら知らないんだけど。
でもアシュトン伯は有名で信用できる人なのか、兵士さんは紙にわたしたちの名前を記名させると、すぐに通してくれた。
「とりあえず調べてくる。夜に門から一番近い宿で落ち合うとしよう」
「はい」
おじさんはディーに言い、ディーは即座に答えた。
で、ふたりはわたしを見る。
どうする? 視線でそう聞かれたような気が。
「もしよければ、わたしもお助けしたいです」
「…………」
ディーがおじさんを見上げた。
おじさんは口の端に笑みを浮かべる。
「ぼくらが出会ったのが奇跡だとすれば、それも必然か」
そう言ってディーの頭に軽く手を置いて。
「無駄遣いしすぎないように」
「はい、わかりました」
おじさんは人の波に消えていく。
まるで干し草の山から針を探すみたいに、おじさんの姿は消え去って見えなくなった。
「…………」
「…………」
わたしはディーと見つめ合う。
人混みは混みなくらいには混雑していて、歩道の真ん中で立ち止まっているから邪魔なんだろう。あちこちから睨まれてる。
ディーとわたしは見つめ合う。
周りの光景なんて見えない。嘘だ、見えてる。邪魔ですよね、すいません。
「……えっと」
何を言えばいいのか。
そもそもわたしたちは互いの名前を知ってる程度の仲なわけで。
あーんしてご飯を食べさせてもらうくらいの、恋愛ゲームでは結構レベルをあげているような感じな関係なわけだけど。
ともかく。
ディーは辺りをきょろきょろと見る。
「行こう」
「うん。……どこに!?」
わたしの声には答えずに、ディーがぐいぐい人混みを進んでいく。
なんとか歩けるようになったけど万全な状態じゃないわたしはどんどんと遅れていった。
完全にディーの姿が見えなくなると、ディーが戻ってくる。
そして手のひらを差し出した。
わたしは差し出された手のひらを掴む。というか掴まれる。
ベルファーレの目抜通りをふたりで手をつないで歩いて、わたしははじめてやって来た王都の壮大さに開いた口が閉じられない。
建物はこじんまりとしたものが多いけど、白い外観の建物がずらっと続くのは壮観だった。
国の色でもある青い旗や青い垂れ幕が白い建物によく映えてる。
スマホでもあったら写真を撮りたいくらいだ。わたしは上京した人みたいにあちこちをきょろきょろと見ているけど、ディーは目的地へとただただ進んでいく。
「ディーはベルファーレに来たことがあるの?」
わたしは聞いてみた。
「ない。はじめて来た」
はい?
わたしは空を見上げた。青空がまぶしい。
いや、ちょっと待って。じゃあ今はどこに向かってるの?
「お肉を換金する」
わたしが言おうとしていたことを察したのか、ディーは聞く前に答えてくれた。
「場所、わかるの?」
「わかる」
どうしてだろう。
横並びに歩いてディーの顔を見てみる。鼻がひくひくと動いていた。
ま、まさか臭いで?
まさかねぇ。




