ハイジャック──。
「てめえら動くな! 妙な真似するんじゃねぇぞ!!」
剣を掲げた男が、そんなことを叫んだ。
ディナーが始まってしばらくして、メインディッシュのステーキが来たところだった。
前菜のエビとレモンとなんかわからないオシャレな食べ物がとても美味しかったし、スープも絶品だったから、きっとメインのステーキはそれ以上においしいはずなのに。
目の前にあるステーキをナイフで切って、フォークで刺して、口元まで持って来たところで、わたしは動きを止めていた。
「そっちがおとなしくしていれば、こっちも紳士的に行動する。さあ、金目の物を出せ」
別の男の人の声が聞こえた。
わたしは動きを止めているから周囲が見れないけど、他にもさっきの人の仲間がいるらしい。
「贅沢なもん食いやがって」
「おら、その首飾りを寄越せ」
このレストランルームは一等客室に宿泊している人しか入れないんだ。
他のお客さんは別に、ビュッフェ形式で食事ができる場所があるんだって。
だから、ここにいるのは、いわゆるお金持ちばかり。わたし以外、だけど。
わたし以外はドレスやタキシードを着て、ご婦人たちは高そうな宝石を身に付けている。
「ああ? お嬢ちゃん、親はどこだ?」
順番に席を回って、高価な宝石なんかを袋にいれていた人が、わたしの前にやって来た。
料理を運んできてくれたウェイターさんと同じ服だ。
他にも視線を動かしてみると、受付の女性と同じ服だったりコックさんの服を着ている人もいる。
「えっ、あっ、そ、わ、わた……」
「黒狼、こいつはなんだ?」
黒狼と呼ばれた人がわたしの席にやって来た。
眼鏡をかけて頭の良さそうな人だ。
「白狼、そいつはかまわない。そいつの親はトトラという町の普通の騎士だからな。地方領主に仕えている騎士で、薄給だ」
うぐぐ。
あれ、なんで知ってるの?
「けっ……んでも貴族さまなんだろ? 一等客室に乗るくらいのな!」
わたしは首を一生懸命ふりふり。
でも貰ったばかりのイヤリングが盗られちゃった。
「こ、ここここの旅券、は、仕事先で貰って……」
「はあん。親父に感謝しろよー?」
白狼と呼ばれているツンツン頭の男が、わたしのステーキを掴んでむちゃむちゃと食べた。
お、うめえな、なんて言いながら、ご丁寧にフォークに刺してるのまで持っていく。
「………」
わたしは絶句していた。
身体が砂になって崩れていく気がする。
「おう、婆さん。いれろ」
白狼は隣の席に向かう。
わたしの隣の席には、あのおばあさんがいた。
このローレンティア号って周辺国家を回ってるツアー旅行の最中なんだって。その合間に、わたしみたいな他国に行く人も乗せているらしい。
隣のおばあさんとはすこし話したんだけど、ひとりで旅行しているって言ってたっけ。
「他のは渡しますから、この首飾りだけは許して貰えませんか?」
「はあ? 高そうな宝石がついてるじゃねぇか。そりゃ許せねぇな」
「でもこれは……偽物の宝石なの」
「はいはい。そんなこといっても無駄だぜ?」
白狼は後ろを歩いていた剣を持っている男の服に、手についたステーキ脂をベッタリとつけた。
そして強引に首飾りを奪い取ってしまった。
「おい! 服を汚しやがったな!」
「そんな服、どうせ捨てんだからいいだろ」
「じゃあ自分のにつけろ、ボケ」
「自分のにつけたら汚いだろうが。灰狼はバカだなぁ」
「灰狼、よしなよ。白狼に言っても意味ないって」
周囲を見て、監視してる女の人が、諦めているように言う。
「ってかなぁ。……ちゃんと仕事しろよ、灰狼も金狼もよお」
「ああ?」
「は?」
灰狼と呼ばれている男の人と金狼と呼ばれている女の人が、怒ったような声を出した。
でも白狼は、あんまり気にしてなさそうに、くいっとあごを動かす。
灰狼と金狼が視線を動かした。
わたしもその方向を追ってみて。
「あっ」
レストランルームの奥のほう、お姫さまと一緒にローレンティア号に乗っていた護衛の男の人が、剣を持っているのが見えた。
鎧なんかは着てないけど、騎士だとわかる立ち姿。
あっちも見られていることに気づいて構える。剣はどこから出したんだろう。
「チッ……おい、金狼」
「なによ、灰狼」
「ふざけんな。この船は帯剣禁止なんじゃなかったのか?」
「はっ、わたしが悪いっての? わたしは乗客の剣を全部受け取って、保管庫にいれたわ」
「ふたりとも、よせ」
黒狼と呼ばれている男が眼鏡の位置をくいっと動かした。
「あれはリーゼリア・ローレンティア姫の護衛だ。特例で剣を携帯していたか、船室にでも用意していたんだろう。騒ぐほどのトラブルじゃない」
灰狼と金狼は素直にこくりと首を振る。
たぶん、黒狼って人がリーダーだ。
「貴様ら……ローレンティア姫がご乗艦なさっているローレンティア号で、このような振る舞いをして、生きて帰れると思っているのか?」
騎士の人が言う。
静かな声だけど、瞳には闘志があふれそうなほど込められている。すごく怒ってるんだ。
「やめなさい」
「姫さま、心配はご無用。このような下劣な盗賊には罰を与えねばなりません」
お姫さまはわずかに首を横にふった。
「おーおー、戦闘る気か? だったらおれがやってやんよ」
剣を持っている灰狼や金狼じゃなく、白狼が騎士の人へと進んでいく。
灰狼も金狼も、白狼の強さを信用しているのか、それとも剣を持っている騎士の人に気づかなかった負い目なのか、抗議はしなかった。
「ローレンティア正統派剣術、師範代アル、」
「名乗るなって。お前の名前なんて記憶してやんねぇよ」
白狼は騎士さんの言葉をさえぎって進んでいく。
猫背で、両腕をだらりと下げた様子は、まるで病人みたい。
「ふざけおって……抜け!」
「抜け? おれさまは武器なんて持ってないから、何も抜けないぜ? お前くらいなら武器なんていらねぇんだよ。ばーか」
「……後悔するなよ」
騎士さんはローレンティア正統派剣術の基本的な型で構えた。
大上段に構えられた剣。
わたしだってローレンティアの騎士の娘だから、ローレンティア正統派剣術を習っている。
あの騎士さんの構えは完璧だった。
お手本となるような、それこそ教科書に載せてもいいような、攻撃の構え。
「ローレンティア正統派剣術の弱点、知ってっか?」
一方で白狼はへらへらと笑っている。
騎士さんの間合いのぎりぎり外で、長い犬歯を見せて、笑う。
レストランルームにいるお客さんたちは、騎士さんを応援している人が多かった。
やっちまえ、だとか。宝石を取り戻して、だとか。
そんな声をテーブルの下に向かって言っている。
白狼の仲間たちは平然としていた。
助けに行こうともしないし、ただ見ているだけ。
「──ふんっ!」
騎士さんが先に動いた。
白狼がなかなか間合いに入ってこないから、一歩前に進んだんだ。
上から下に向かって振り下ろされる剣。
「なっ!?」
騎士さんの顔が唖然として固まった。
白狼は斬られてなかった。それだけじゃなく、男の子が森で大きなカブトムシを見つけたみたいに、うれしそうに笑っている。
「ほらみろ。型通りにしか動けないから、こうなるんだ」
「クソ、どうなってる!」
騎士さんには見えないみたいだけど、わたしの場所からは全部見えていた。
白狼は振り下ろされる瞬間に、剣の柄頭を下から片手だけで押さえたんだ。すごい!
「おいおい、口汚い言葉を使うなよ騎士さん。お姫さまの前だぜ?」
へらへらと笑ってるけど、その細い腕の筋肉には一切の無駄がない。
剣を止めている手の反対の手に持っていた袋がガチャリと鳴った。
そのまま、まるでハンマーみたいに袋が振るわれて、直撃した騎士さんは吹っ飛んで壁に激突する。
うわ、痛そう……。
「だからやめなさいと言ったのに」
静まり返ったレストランルームに、その声が静かに響いた。
お姫さまの声だった。
そのあとは誰も抵抗もせずに宝石や貴金属を袋に入れていく。
お姫さまの護衛はもうひとり剣を持っていたけれど、その人は剣を抜かなかった。
最後にお姫さまが首飾りや髪飾りを袋に入れる。
「おっと、その腕輪もいれてもらおうか」
「……この腕輪は銀ではあるけれど、安物よ?」
「おうおう。おれたちぁ海賊、情け容赦なく、全部奪うのさ」
「どこが海賊なの……はぁ」
お姫さまは少しだけ悲しそうな顔を見せたあと、袋のなかに腕輪をいれた。
最後の品物を回収したあと、袋をきつく縛った白狼が大きく伸びをする。
「ひとつだけ聞かせてちょうだい。あなたたちって、バカなの?」
お姫さまが冷たい声で言う。
「あん?」
「ここは海上よ。高度1000メートルくらいかしら? 下が海だからって、落ちたら死ぬと思うけれど」
「単純な話だ」
答えたのは黒狼だった。
「おれたちは4人全員が魔剣士だから、その程度の高度は問題にならない」
「そんなの」
「ありえない。では、どうやって逃げるつもりだと? このレストランルームに一般客は入れない。船員が異常に気づいて入ってくるまでは、この事件にすら気づかれないだろう」
「飛行船内に残るつもり?」
「いいえ。それもいいかも知れないが、クールじゃない」
灰狼と金狼はレストランルームのドアノブに鎖と錠前を巻き付けていた。
それが終わったので狼たちが1ヶ所に集まっていく。
窓際の席だった。
白狼はお姫さまの護衛の人から剣を奪うと、さっとひと振り。
たったそれだけで、最初からそうだったかのように壁が斬れて、扉ができていた。
青い空と白い雲が見える。潮風の香り。
狼たちは当然だとばかりに空へと飛んでいく。
お姫さまが壁へと駆け寄る。
わたしも見に行って、隣に立つ。
狼たち4つの影が海の濃い青色に消えていく瞬間、一瞬だけど、4つの青い布が開くのが見えた。
パラシュート?
「これが他国の魔剣士……やはり、ローレンティアの魔法技術は遅れているわね」
わたしに言ったのかな? ううん、たぶん違うはず。
「……お母さま」
お姫さまは安物の腕輪があった辺りを悲しげに撫でていた。




