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行くか、残るか。実質行くしかない

 どのくらい流されたのかはわからないけど、引き上げられてから丸1日眠っていたわたしは、お昼くらいに目をさましてディーに手伝って貰いつつ食事をした。

 それからすこししておじさんが戻ってきて、あたらめて感謝を伝えて事情を話したんだ。

 おじさんは腕を組んで首をかしげながら不注意を怒った。

 そんなに語気は強くなかったし、直接的には怒られなかったけど、やっぱり不注意だもんね……。


「ぼくは普段、奇跡という言葉が嫌いだけどね……まあでも、ちょうど川に行ったタイミングで流されていた君を見つけたことは、奇跡だったんだろう。魔力が使える人ならいいけど、君のような一般人はもっと気をつけなさい」


 おじさんとディーは修行のためにこの森に来ていたらしい。

 それで魚を獲ろうと川に行くと、ちょうどわたしが流れていた。

 わたしは本当の奇跡がどんなものかはわからないけど、わたしも奇跡的だなぁとは思う。


「……はい」

「でもね、妹を助けたというのはすなおに称賛するよ」


 おじさんは出かけた際に捕ってきたというやたらと大きな魚を囲炉裏で串焼きにしていたんだけど、それをわたしにも差し出した。

 ささっとディーが受け取って口元に持ってきて食べさせてくれる。

 熱っ。串に刺さった焼き魚はあーんじゃ無理だ!


 というかわたし、魔力が使えないんじゃなくて魔力が尽きてるだけなんですが。

 言うタイミングを逃しちゃったな……。


「あの、おじさんたちってどうしてここにいるんですか?」


 周りに人家はなさそうだ。

 だからわたしはなんとなく聞いてみた。

 なんとなく半分、熱いのを冷ますため半分だけど。


「ぼくはディーを鍛えるためにここに来たんだ。ディーは魔剣士だから」


 ちらりとディーを見てみたけど、表情が読みにくい。

 お姉ちゃんに似ている。

 顔つきや髪色や雰囲気だって違うけど、なんだか似ている気が。


「あーん」


 ディーはわたしの口に焼き魚を頭から押し込んだ。

 し、死んじゃうでしょ!?


「おごご」

「こら、ディー」

「はい」

「小さく切ってあげなさい。それでは口に入らないし、食べにくい」

「はい」


 口から抜かれた焼き魚がすぱぱっと串に刺さったまま分裂した。

 まるで焼き鳥みたい。

 でも、どうやって切ったんだろう。

 剣は持ってない。となると……セレナさんみたいに糸なのかな?


「なさそうだけど」


 目を細めてわたしは言ったけど、ディーはとくに気にしてないのか、口に押し込んでくる。

 ま、まあさっきよりは食べやすい。


「修行をはじめて2ヶ月。ディーの技もカタチになってきて、そろそろ修行を終えてもいいだろうと思っていた。そんなときに君に出会ったわけだが」


 おじさんは鍋に残った汁物を自分のお椀に入れながら言う。


「このあと、街に用事があってね。そちらに行かないとならないんだ」


 姿勢をただして、わたしを見ている。

 わたしは自分の腕を見て、それからディーを見て、最後におじさんを見た。


「なるほど……」


 たぶんディーも一緒に行くんだろう。

 そうなって来ると、わたしはここにひとりってことになる。

 自分で食事すらできないのに。


「そこで選んで欲しい。来るか、残るか」

「残った場合は、その」


 身体中が痛いし、ついていける気がしないよ……。


「小屋を自由に使っていいけど、ここには保存食は置いていないからね」

「ああ……そうですかぁ」


 じゃあ行くしかないのでは?


「行く場合だけど、危険かも知れない。理由は言えないが」

「ああ……なるほど」


 ワケありってことらしい。

 助けられて治療してもらって食事も用意してくれてるんだし、多少のことなら手伝いたいけど。

 今のわたしには魔力がほとんど残ってない。

 砂鉄も持ってきてないから、黒剣も作れない。

 文字通りお荷物だ。

 でも。


「あの、連れていってもらえると助かります」


 街まで行けばトトラ村に帰る手段もあるだろう。

 それに、助けてくれた恩だって返すことが……できる。いや、できるといいなぁ(願望)


「わかった。では行こうか」


 おじさんはそう言うと立ち上がった。

 ディーも立ち上がる。そそくさと隣の部屋にいって少ない荷物を背負って持ってくる。


「えっあの、今からですか?」

「ああ。今から向かえば、午前中にはたどり着くだろうからね」


 わたしはちらりとよろい戸を見た。

 向こうに見えるのは小屋の外の風景だ。さっきまで青々とした森が見えていたけれど、今では真っ黒。

 墨のような暗い森があった。


「さあ、連れてきてあげなさい」

「はい」


 ディーは横に来て、肩をかしてくれた。

 立ち上がって見ると、わたしは全裸に包帯を巻いている。

 これでは生徒会長のミレーユさんと同族に思われてしまう。


「ん」


 ん、と。

 ディーは干していてくれたのか、わたしの服を持ってきてくれた。

 乾いているけど、あちこち破れている。

 ゆったりとした服にハーフパンツという部活終わりの学生みたいな服装が、ローレンティアの一般的な服だ。

 もちろんそれは貴族的な格好なんかじゃなくて、むしろ農民とかの格好なんだけどね。


 こうして着替えた、というよりも服を着たわたしは、ディーに支えられつつ小屋を出た。

 目がさめてからはじめての外。

 やっぱり真っ暗だ。


「ディーは自分でついてきなさい」


 おじさんはそんなことを言うと、しゃがみこんだ。

 わたしのほうに背中を向けてる。

 はて、これはまさか……。


「さあ乗りなさい」


 おんぶかぁ。

 確かに歩くのすらやっとだし。


「それじゃあお邪魔して」


 わたしはおじさんの背中にへばりつくと両腕をおじさんの身体の前に回した。

 まあ回しても動かないからカメックスの砲身みたいなんだけど。

 落ちないように片手で太ももの下を支えられるのは変な感じ。でもわたしは気づいた。

 このおじさん、すごい筋肉をしている。

 細身だけど……まるで石像のような……。


「準備はいいかい?」


 わたしに言ったのか、それともディーに言ったのか。

 もしくはふたりに言ったのかも。


「はい」


 ディーが答えた。


「あっはい」


 わたしが答えると、おじさんは軽くうなずいた。

 そして──、


「はははははっ!」


 なんて豪快に笑いながら森を爆走し始めた。

 おじさんが進むと地面がドドドドッと砕けている気がする。暗くてあんまり見えないけど。

 おじさんが速いのか周囲の景色が濁流のように流れていく。暗くてあんまり見えないけど。

 頬にあたる風は、まるで台風の暴風みたい。

 ときに跳躍して──飛んでるみたいにやたらと落ちない──音もなく着地、と同時にまた進む。

 後ろなんて見れないし見る余裕もないけど、ディーはついてきているんだろうか。


「さて、速度を上げるぞ」


 これはたぶんわたしじゃなくてディーに言ったんだと思う。


「……はい!」


 背後、すぐそばでディーの声が聞こえた。

 そのあとさっきまでの速度が嘘だったみたいにさらに速くなっていく──。

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