妹と釣りに来た
翌日。朝から妹が釣りに行こうと言ってわたしを起こした。
妹とわたしは部屋が同じ部屋で、アクシラ魔剣士学園の寮の部屋みたいに、ベッドが2つ並んでいる。
そんな部屋だから居留守なんてもちろん使えない。
メリルは起きて~起きて~と何度も何度もわたしを揺さぶった。
正直に言っちゃうと起きてる。
起きて~2回目くらいで。
「あのさ」
「釣りに行こ~」
「いや、でも昨日って夜から雨が降ってたでしょ。危ないって」
「そういうときが一番釣れるんだよ! おねえちゃん知らないの?」
「えっ知ってるけど」
知らなかった。
本当なんだろうか。ただ一緒に行きたいだけなのかも知れない。
これまで三姉妹だったけど、お姉ちゃんが留学してからふたりになって。
わたしもアクシラ王国に行っちゃったから、メリルはひとりでさびしいのかも。
まあ、わたしとは違ってこっちに友達多いのは知ってるけどね。うう……。
「お母さんがいいって言ったらね?」
「わかった!」
こうしてわたしたちは朝食を食べた。
メニューは麦のお粥。どろどろしていて、味付けは塩だけ。
あんまり美味しくはないけど、田舎の朝食はどこもこんなものらしい。仕方ない。
テーブルについているのはわたしとメリル、お母さんとミザリアお姉さんだけだ。
今、お父さんとお姉ちゃんは王都にいる。
お姉ちゃんはアクシラ王国で学んだ技術を伝える義務があって、それをするから特待生として学費なんかをローレンティア王国がすべて払っているんだ。お父さんはその付き添いみたい。
起きたらふたりがいなかったから、あんまり実感はないけどね。
だからメリルは余計にさびしいのかも。
「おかーさん」
「なあに」
「おねえちゃんと釣りに行ってもいい?」
「釣り? どうかしら」
「昨日の夜、雨だったから増水してるんじゃないかな」
お母さんは首をかしげて、お姉さんはすこし不安げに言う。
「おねえちゃんが一緒だから大丈夫」
そうなのかなぁ。
「リーネはどう思う?」
お母さんに言われて、わたしは胸の前で腕を組んだ。
確かに昨日の夜は大雨だったんだけど、いま窓から見えているのは晴天なわけで。
釣りじゃなくてわたしたちもピクニックに行こうって言いたかった。きっと風もあって気持ちいい。
でもメリルは魚を釣るのが好きらしいし、さびしい思いをさせてたんだから好きなことに付き合うのも悪くはない。
「行ってみて危なかったら帰るよ? あ、お姉さんも行きます?」
「ごめん。あたしはこっちの組合に顔を出しに行くから」
お姉さんはそう言った。
組合っていうのは、アクシラ王国にある酒場ラビットシュガーみたいな、業者が集まる場所のことだ。
よその縄張りで動いていると、揉め事に発展することだってある。だからそういう場所に顔を出すのは結構大事なんだよね。
「行こ~」
メリルがわたしを引っ張った。
わたしは引きずられて家を出た。こいつ力強いな!?
妹の成長にはビックリだ。
「とうちゃーく!」
トトラ村の周辺には、村のなかを流れている小さな川と森のなかを流れている大きな川のふたつがある。
今日やって来たのは森のほう。
大きな川のほうが大きいのが釣れるからだとか。
メリルは道中、釣竿を2本担ぐようにして楽しげに森を歩いていた。
それは到着してからも同じで、今もはしゃいでいる。
わたしはこの辺りにはあんまり来た記憶がないけど静かで綺麗な場所だと思った。
「はい、おねえちゃん」
「うん」
メリルから釣竿を受けとる。
そんでもって木の箱を差し出されたのでそれを覗いた。
「うわぉっ」
ひぇーミミズが大量だ。
よく見ると、メリルの靴が泥で汚れているのが見えた。
たぶん、朝早くに起きて畑を掘ってたんだろう。
「すまぬな」
わたしはミミズを一匹つまみ上げると、そいつを針に刺した。
メリルに言ったのかミミズに言ったのか。別にどっちでもいい。
「よいしょっと」
わたしは岩の上に座って、そこから糸を垂らした。
メリルは川縁に立って釣りをしている。
流れが速くてちょっと濁っている川に糸の先が消えた。竿を動かすと水面で糸がすぅーと動いて、なんだかサメ映画の背びれみたいだなって思えておもしろい。
「おねえちゃん」
釣りをはじめてから一時間くらい経ったとき、メリルが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「わたしもおねえちゃんたちみたいに、強くなれるかな」
「……どうしたの、急に」
ちらりと視線を向けると、メリルはこっちを見てたりはしなくて、釣り人って感じで水面を見ているだけだった。
むむむっ。足元に置いてるバケツから大きな魚の尾っぽがいくつか見えている。
わたしまだ一匹しか釣れてないのに!
「ん~っとね。わたしもおねえちゃんみたいになりたいんだぁ」
なんかユルい語尾だった。
「お姉ちゃんってお姉ちゃん?」
「うーん」
メリルの竿の先がぴくぴく動いた。
でもメリルはまだ引き上げない。
「アデルおねえちゃんもリーネおねえちゃんも、どっちもすごいから」
くいっと一気に竿があげられた。
糸の先には、針に食らいついて暴れている大きな魚の姿が見える。
「すげー」
わたしが言うとメリルがこっちを見て微笑んだ。
さっきの話はなんだか川の流れのように流れてしまったみたいで、メリルももう気にしてないらしい。
それからしばらくわたしたちは釣りを続けた。
お昼頃だろうか、お腹が空いてきた。
わたしたち姉妹がアグレッシブでアウトドアーなキャンプ女子なら、焚き火でも起こしてさばいた魚を焼いていたんだろうけど、別にそこまでじゃない。
だからそろそろ帰ろうかって話になった。
「そういえばメリルって前から釣りしてたっけ?」
「ううん、してないよ。おねえちゃんがアクシラ王国に行ってから、お父さんがしてみたらって竿を買ってくれたの」
「へえー」
そんなことがあったのか。
わたしとお姉ちゃんは年齢が近いけど、メリルは結構はなれている。
わたしたちがそれぞれ高校生くらいなら、メリルは小学生くらいだ。
いきなりってほどじゃないけど、姉がいなくなったら悲しいものだろうか。お姉ちゃんがいなくなったとき、わたしにはメリルがいたけど……。
うん、悲しいしさびしい。
「そうだ! おねえちゃん、こっちこっち」
「ん?」
「花畑があるんだよ!」
どうやらわたしが学園に行っているあいだに、森を探索して見つけた花畑らしい。
行こう行こうとメリルが川縁を走っていく。
ぴょんぴょん進んでまるでうさぎみたい。
川を見てみると、流れが速くなってきている。川幅もどんどんと広がっている気が。
「あっ」
そんな声に視線を向けると、手足をばたばたとさせながらメリルの姿が川のなかに消えていくのが見えた。
さっきまで立っていた場所が崩れて落ちたんだ。
わたしはサァーと血の気が引いたのを感じた。
「メリル!?」
先を進んでいたメリルが、川に浮かんでは沈んで近づいてくる。
わたしは川に飛び込んだ。
夏の日差しに当たっていたから、水がとても冷たく感じた。
耳の奥で洗濯機の水が回っているような音がする。
激しい水流のなかで、灰色の髪の毛が見えた。
そっちに手を伸ばす。どこかわからないけど、たぶん服を掴んだみたいだ。
メリルは軽いはずなのに、すごく重いものを持っているみたいに、なかなか引っ張れない。
必死にメリルを引っ張りながら反対の手で辺りを探った。
岩や流木にぶつかって涙が出たけど、ついに川縁に生えた木の根っこかなにかを掴んだ。
「メリル、ほら」
掴んで、とは言えなかったけど。
それでも伝わったみたい。
お互いに身体を引き寄せて、メリルの小さな手がそれを掴んだ。
よじ登っていくメリルを見送る。やっぱり木の根っこだったらしい。
うん、助かった。次のわたしの番だ。
「えっ」
上からこっちを見ているメリルが見えた。
おどろいたような顔だ。
「おねえちゃん!?」
わたしは身体が軽くなるのを感じた。
今まで川の流れに逆らっていたから、水の重みを感じていたんだろう。
そしてそれが無くなった。
気づいたときには流れていた。
手に握っていた根っこがちぎれたのだとわかった。
メリルが泣き叫んでる。
大丈夫じゃないけど、大丈夫だよって伝えたい。
でも、わたしの身体は増水して濁った水に飲み込まれてしまったのだった。




