黒い翼
女神官さんとの戦いは一進一退だった。
あの赤い剣は聞いていたとおり、魔力を奪うみたい。
わたしのローブに剣先がかすった瞬間、その部分が砂鉄に戻ってしまった。
ただ魔力を送ればまたくっつくから……お互いに近づけない。
近づいて攻撃、攻撃されると下がる。
そんな単純なことがなかなか難しい。
「カプリチオ、あなたは人間ですか?」
「ふぇっ」
わたしがすっとんきょうな声を出したとき、剣が面頬をかすった。
はじめは砕けるように、そのあとはサラサラと砂鉄に変わる。
ブーツにくっつくようにして砂鉄を戻したけど。
もう顔を見られたんだから、また面頬にするのもなぁ。
「可愛らしい女の子じゃないですか」
「えっ? えへへー」
わたしが照れているとまた赤い剣が来る。
話しかけて攻撃するの、やめて欲しい。
「もう一度だけ聞きます。あなたは人間ですか?」
話しかけて来たから攻撃に身構えていたけれど、攻撃は来なかった。
剣を垂らして、本当に疑問だって感じで聞いてる。
わたしは首をかしげた。
「人間ですけど」
そりゃ人間でしょ。
お父さんもお母さんも人間だし。
「そうですか。……この剣はディアブロと言います。ディアブロは相手の魔力を吸う魔剣であり、アーティファクトなのです」
「な、なるほど」
「あなたの魔剣はなんという名前ですか?」
「はい?」
わたしがポカンとした。
魔剣……魔剣士?
「あの、黒剣?」
疑問系。
でも女神官さんは考えているような様子でこっちを見てる。
「知らない剣ですね。そのような方がいらしたとは」
「いや、そのわたしは狂想曲です」
「は?」
わたしは頭を抱えた。
しゃがみこんでうぅ~と唸る。ちらりと女神官さんを見てみると、服のあちこちが切れてる。
学園長たちと戦ってたから、だろう。
ハッと思い出した。
わたしは彼女と会話しに来たんじゃない。
「あの、エールッシュ先生を斬りましたか?」
「誰です、それ」
「青みがかった黒髪でクールな感じの先生です」
女神官さんは顎に手を当てて考える。
「わき腹を斬った、あの方のことでしょうか。今日は彼女と学園長の3人しか斬っておりませんので」
わたしはムッとした。
「なんでそんなことするんですか?」
「目的があったのです。そのアーティファクトの回収に動いていると、見つかってしまいまして」
「それでやった?」
「ええ」
「……よく、わからないですけど」
この人、ぜんぜん悪いと思っていない。
どうにかして捕まえないと。
黒剣じゃダメだ。
触れたところから崩れちゃう。だったら大きくすればいい。はず。
「そんなことで先生に怪我をさせたのを、わたしは許せない」
「ふふっ。黒剣、おもしろい魔剣ですね!」
女神官さんが上段で剣を振ってくる。わたしは黒大剣で迎え撃った。
赤い剣が触れたところから崩れていくけど、触れていないところを黒い腕に変えて伸ばした。
屈強な腕が女神官さんを掴みにいく。
女神官さんは学園長室をあっちこっち飛び跳ねて避けるけど、そこに黒い腕が伸びて追いかけた。
「あははっ!」
暗い学園長室に女神官さんの笑い声が響いてる。
わたしは戦い、あんまり好きじゃない。だからどうしてあの人が笑ってるのか、わかんない。
でもどうにかして倒さないと!
黒い腕は斬られると分裂して、分裂して、分裂していく。それでも届かない。
「まるで茨のよう」
学園長室は黒で埋め尽くされた。
言われたとおり、あちこちから枝分かれしている腕は茨みたいだった。
それでも触れただけで魔力を吸われてしまうから、女神官さんの周囲だけたまご型にくりぬかれているように、進めないけど。
「ぐぬぬ」
この人を倒す方法が思いつかない。
今までいろんな人と戦ってきたけど、魔力が吸われるのは初めてのことだ。
「ワタシを倒せますか?」
わたしは悩んだ。でも何度考えても、方法が……。
炎を使えばどうにかなりそうだけど、学園長室もどうにかなっちゃうだろうし。
アニメとか漫画でよくある状況ではあるんだけどさ。
そういうときの対処法って相手の限界までパワーを吸わせる系だよねぇ。
「わたし、魔力量には自信があるけど、どうすれば……」
魔力を吸ってるのが魔剣──赤い剣だからなぁ。
刃なんかに触れてたら死んじゃうっていう。
ときどき黒茨を伸ばして攻撃しつつ、わたしは赤い剣の突破方法を考えた。
でもやっぱり思い付かない。
「あなたとの戦い、とてもおもしろいのですが」
と、唐突に女神官さんの声が聞こえた。
「そろそろ騎士団が学園にやってくる頃合いでしょう。勝負はまたの機会ということにしましょう」
ガラスが砕ける音もする。
わたしは急いで伸びた黒茨を黒大剣に戻した。
そこに女神官さんはいなかった。机の後ろにあったガラスが砕けてる。
フチに立って下を見てみると、ちょうど女神官さんがこっちを見上げているのが見えた。
「飛び降りたの?」
校舎は塔みたいに高くて、ここはその最上階なのに。
女神官さんはくるりと背を向けて歩き出した。
「……でも外のほうが戦いやすいかな。燃やさなくていいだろうし」
【ディアブロ】
あの少女が使っている魔剣は奇妙だった。
回収して調べるべきかも知れない。それでも自分の任務は別にある。
逃げる際に拾った銀色の筒の中に、魔剣が入っているのだ。
連戦に続いてかなりの高さから飛び降りたから、魔力があまり残っていない。
もう戦いは充分だろう。
校舎の学園長室から、さっきの少女が見ている。
さすがにあの程度の技量では着地なんてできないだろう。
だから。
背後への意識を完全に切っていた。
それが間違いだと気づいたのは、ほんの刹那のことだ。
「なっ」
目の前に何かが現れた。
黒い翼を生やした存在。聖典で何度も見た姿……いわゆる天使の姿。
息をのんで、息が詰まる。
呼吸をしたくても心臓がうるさいほどに鳴って、肺が動こうとしない。
ちょうど近くに街灯があったから、風でフードが動いて相手の顔がわかった。
ついさっきまで戦っていた少女だ。
明るい場所だからこそ顔がちゃんと見える。
色白で、フードの下に白い髪が見えた。そしてあの瞳──凍った湖のような青い瞳がこちらを見て。
「倒させてもらいます」
それはどういう意味なのか。
いや、言葉はわかるのに、頭が動いていなかった。
思考が正常に動き出したとき、それでも意味を理解できていなかった。
横に薙いだ剣をまともに腹に受けて吹っ飛んでから、ようやく身体が動かせたけれども、手痛い攻撃を受けていることのほうが頭に鮮明に流れていく。
「くぅうううううううっっ!!」
校舎と運動場のあいだにある、路上まで吹っ飛んだらしい。
ふわりと黒い天使が降りてくる。
ワタシは絶句した。
そのあとで唇を噛む。
「提案があります」
これだけは使いたくない手段だったが仕方ない。




