タネも仕掛けもありました
「はあ……なるほど……入ればいいんですね」
神官さんが教室に入っていく。
なんというか奇術師セレナーデさんは仮面の上からでもわかるような満面の笑みというか、満足そうな笑顔だった。
わたしはとりあえず教室の入り口から頭だけを出してなかを確認。
教室は茜色に染まっていた。
どうやらいつの間にか夕方になってたみたい。
「あなたは銃弾なんて当たらない、と。そうおっしゃいましたが……それは今でも変わらないのですか?」
「ええ。避けられますし……なんなら防げますから」
そう言って神官さんは剣を軽く振ってみせた。
奇術師セレナーデさんはにっこりと笑う。
「ではわたくしが奇術をお見せいたします。あなたは銃弾を避けられないし、防げません」
「へえ」
マスケット銃の銃口を向けられている神官さんも、口の端で笑った。
「さあ始めましょう。──ばぁん」
声で言った瞬間。
でも銃口から弾丸は飛ばずに、かわりに花びらが噴出した。
すこし遅れて机のなかも花びらが舞って、天井からも降ってくる。
「うわっ」
わたしは目を丸くしていた。
色とりどりの花びらが茜色に染まっている教室に舞っている様子なんて、きっと世界広しと言えどもわたしくらいしか見てないだろう。
奇術師セレナーデさんは観客の顔を確かめるみたいに、神官さんの顔を見ている。
神官さんは、まるで花びらなんて舞っていないかのように、ただただ相手の目を見ている。
「すごいけど、これ誰が片付けるんだろう」
わたしは唸った。
2年生の教室はぱらぱらと散った花びらで埋め尽くされてる。
「マジックでも……なんでも、いいですけど……正攻法で戦えない時点で……敵じゃない」
まるで荒野を走って砂ぼこりが舞うみたいに、神官さんが走り出すと、それを追いかけるみたいに花びらが舞う。
いつの間にか奇術師セレナーデさんは細剣を持っていた。
突きの構えで迎え撃つ。
「なっ!」
だら~り、としていた神官さんがおどろいた声を出した。
わたしは夜に襲われて、そのときに絶剣さんと戦ってた奇術師さんを知っているからそこまでではなかったけど、でもビックリした。強い!
「あ、あなた……ちゃんと戦えるんですね……!?」
「失礼ですわね」
細剣の刺突攻撃に神官さんは苦戦してる。
奇術師セレナーデさんが使っている剣術は、すごく綺麗な剣術だった。
普段のマントをつけていればカッコイイ剣士なのに。
シルクハットをかぶったマント姿じゃ、なんだか違和感が……。
「でもやめですわ。わたくしに剣は似合わない」
「いや……似合ってると思います、けどねぇ……」
「あっわたしも」
わたしと神官さんの言葉は無視された。
「やはりわたくしは奇術師、そしてガンスミスなのですね」
およよ、と奇術師セレナーデさんはマントのふちで涙を拭ってる。
マントから白いハトが落ちて、割れた窓から飛んでいった。
ハトなんてどこにいたんだろう。
「もういいです……変なマジックなんて、興味がない。ちゃんと戦ってください」
「戦い? すでにわたくしが勝っているのに、戦いなんてあるのかしら?」
ねえ、とわたしを見てるけど。
どうなんだろう。
勝ってるのかな。
奇術師セレナーデさんはくるくると細剣を回してる。二、三度回るとマスケット銃に変わった。
「また……銃ですか。無駄だと言っているのに」
神官さんが放たれた矢のように飛んでいく。
その姿に手のひらが向けられた。
「──とまれ」
神官さんは宙に浮かんだまま、動かない。
落ちたりもしないし、それ以上進みもしない。
「なんだこれは。貴様、なにをした!」
「あらあら」
マスケット銃をバトンみたいに回しながら、奇術師セレナーデさんが笑った。
「口調が変わっておりますわよ?」
神官さんが動こうとする。
顔を真っ赤にして手足に力をいれているみたい。すこしだけ腕が動くと、教室中がぎゅんぎゅんと鳴った。
いったい何の音だろう。
「がんばりますのね。まあ長くなっても奇術は面白くはないですし、さっさと決着をつけさせていただきますわ」
マスケット銃の銃口が神官さんの眉間に当てられた。
「避けられるのでしょう? 避けてくださいまし」
「や、やめろぉおおおおお!!」
──バァン
薄暗くなってきた教室に銃声が響いた。
わたしは手のひらで顔を隠していた。指の隙間からちらりと神官さんを見て。
あわわ、だらんとしてる。ってそれは前からか。
「安心してくださいませ。奇術師セレナーデは殺し屋ではありませんもの」
神官さんがぴくぴくと動いてる。
薄暗い教室の奥、黒板や教卓の反対側から冬の朝に子どもが息を吐いたような、小さくて細い白煙が上がっていた。
「ごめんあそばせ」
ぴぃんという音がして、神官さんがばさりと床に落ちる。
でも降参したって風に両手をあげているから、もう戦う気はないんだろう。
「助手、手伝ってください」
「えっわたし!?」
花びらのことかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
教室の机や椅子や、柱や魔石灯なんかにクモの糸みたいに細いモノが巻き付けられていたみたいだ。
それをほどいて、毛糸を巻くみたいに腕をくるくるさせていくと、銀色の束になった。
「なに、これ」
「糸ですわ。鋼鉄並みの強度ですけれどね」
引っ張ってみても切れそうもない。
束ねてみると銀色だけど、1本だけなら張られていても気づかないと思う。
あれ、もしかしてキノンがラーウッドと試合をしているときに宙を歩いていたのって。
聞こうと視線をあげると、天井あたりの糸を回収するために宙を歩いている奇術師セレナーデさんがいた。
スカートがひらひらと動いている。
わたしはさっと視線を落とす。
「あの……大変ですね」
回収とかもろもろ。
「奇術には、タネも仕掛けも必要でしてよ」
マジックはタネがわかると面白くないって言うけど、確かにそうかも。
見るぶんにはおもしろいのに片付けをするのは本当に大変だった。
しばらくして神官さんも花びらの回収を手伝ってくれた。ありがたい。
「そういえば夜中にわたしを襲ったときって、あれは……もしかして?」
回収と掃除が終わった(花びらは教室の端っこに山積みだけど)あと、奇術師セレナーデさんはシルクハットを手にもった。
「奇術やマジックには準備が必要ですわ。糸を張って仕掛けを用意して、それでひとつの作品が完成します」
シルクハットの中からうさぎが飛び出した。
セレナーデさんは中を見ながら首をかしげている。何か詰まっちゃったのかな?
軽くステッキて叩くと、今度は中から紙吹雪と紙テープが飛び出した。
「おお、すごい」
どうだ見たかって顔がマスクをしててもわかるなぁ。
神官さんも手を叩いている。
でも。
この紙吹雪と紙テープも……片付けしないといけないのでは?
わたしは手を叩きながら肩を落とした。




