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浮いちゃってる船と自分

 他の乗客たちは、実家に戻ったみたいな、慣れた動きで散っていった。

 わたしはきょろきょろと周囲を見まわす。

 お姫さまがガラス張りのエレベーターに乗って、上の階に向かっているのが見えた。

 レストランに向かってる人や、バーカウンターに向かってる人もいるみたい。


「どうしよう」


 なにかをするにしても、荷物が邪魔かも。

 剣を渡したときに渡されたクリスタルの板に、VIPカードキー【青の2】なんて書かれてる。


「……VIPってあのVIPかな」


 チケットに一等客室とは書かれてたけどさ。


 案内板を見たけど、VIPルームって最上階にあるらしい。

 もしかして……いや、もしかしなくても、お姫さまと同じ?

 最上階にはエレベーターで行けるって書かれてる。

 魔石で動いてるエレベーターは、電気で動いているエレベーターとほとんど同じだった。


 最上階で停止したエレベーターの扉が開く。


「お、おお……なにこれ」


 扉の向こうはまっすぐ廊下が続いているのに、扉は両手で数えられる程度しかない。

 立ち止まっていると、隣でくすりと笑う声が聞こえた。


「あら、ごめんなさいね。わたしもこの船に乗ったときに、お嬢さんみたいに驚いたものだから。こんにちは」


 優しそうなおばあさんは、にっこりと笑って手を差し出す。

 わたしはこの何年かで練習した自然な笑顔を向けて──


「こ、こここん……こんにちは」

 

 手を握った。

 おばあさんはまたくすりと笑うと、ここだからって自分の部屋に入っていく。

 わたしの笑顔はどうだったのかな。たぶんダメだったんだろうけど……。


「はあ……学園デビューまでに、コミュ障……治るのかなぁ」


 カードキーに書かれてる【青の2】は、奥から2番目の部屋だった。

 もしかすると、隣の客室にお姫さまがいるのかも。

 扉の横のパネルにカードキーをかざすと、ガチャと鍵が開く音がした。


「す、すごっ!?」


 ローレンティアの国章と同じ、濃い青色の壁紙に金色の装飾が見えて、まるで海のなかみたいな広い部屋だ。

 真っ白なカーテンはさながら雲って感じ。

 荷物を放り投げると、わたしはベッドにダイブする。


「ふかふか……うちのベッドとは大違い」


 すこーし悲しいなぁ。

 バスルームもトイレも、備え付けの冷蔵庫まであって、トトラの町とは文明の水準が違いすぎる。


「わたしの他にも、異世界に来た人がいるのかなー」


 カーテンの向こうには空が見えた。その下には、部屋の壁紙と同じ濃い青色。

 海面が太陽の光でキラキラと輝いてる。


「……お姉さんも一緒だったらよかったのに。まあいいや、わたしだけ楽しんじゃおう!」


 部屋を出て、わたしは飛行船内を探検することにした。

 そして数分で後悔した。

 この飛行船に乗っている人は、誰もがお金持ちで、すれ違う人は誰もが着飾っている。

 わたしもドレスでも来てこればよかった。……ドレス、持ってないんだけどね。


「……メインデッキ、足元には注意してください」


 注意書を読んでから扉を開けて、デッキに出てみる。

 またしても後悔。

 雲よりははるかに下だけど、海面よりははるかな上を飛んでいるからか、めちゃくちゃ寒い。

 わたしの他には誰もいなかった。


「なんだか、やっぱり一般人には別世界すぎるなぁ」


 異世界よりも異世界みたい。

 辺境伯の騎士の娘、なんてのは一般人とあまり変わらない。

 町民よりは少し家が大きくて、納屋には馬がいるけど、馬の干し草だとか剣や鎧の手入れなんてしてると贅沢なんてできないし。

 お姫さまとか、こんな豪華な飛行船に乗ってる人からすれば……町民との差がわからないんだろうなって。


「おい、誰かいるぞ」


 振り返ると、扉が開いたところだった。

 白いジャケットに黒いスラックスを履いてるボーイさんと青いジャケットの受付のお姉さんの姿が見える。2人もデッキに来たみたい。

 わたしはぺこりと頭を下げると海を眺めた。

 別に、たまにはサボってたってかまわないよね。まあ、ただの休憩時間かもしれないけどさ。


「あの女の子の服装……本当にここの客か? メインデッキって一般客は立ち入れないんじゃなかったか?」


「上階に入れるのはVIPだけよ。あの子は一等客室のお客さまだったわ」


「……金持ちがあんな格好するのかよ」


「一等客室のチケットがあるからって金持ちとは限らないんじゃない?」


 そんな会話が聞こえてくる。

 ぐぬぬ。やっぱりわたしって浮いてるんだあああああ……うう。


 わたしはちょっとだけ肩を落として扉に向かう。

 ドアノブを掴もうとしたら扉が開いた。

 ウェイターさんみたいな服を着ているツンツン頭の男の人が、わたしを見おろす。


「あん?」


「あっ」


 視線をそらしてわたしはぺこぺこと頭を下げた。

 扉が閉まる直前。


「仕込みは終わったか?」


「バカ、聞かれるだろ!」


「まったくあんたってやつは──」


 そんな会話が聞こえた気がする。

 仕込み? もしかすると厨房の人かもしれない。


「こんな豪華な飛行船だもん、ディナーもおいしいんだろうなぁ」


 考えただけでもよだれが出てきそう。

 ローレンティア号を探索してわかったことだけど、一等客室以外のお客さんたちは、下の階にいるらしい。

 下の階は上の階と同じ広さなんだけど、乗ってるお客さんの数がかなり違うんだって。

 上の階は上流階級向けで、下の階は一般人向け。


「……わたしも下の階でよかったんだけどなぁ。他のお客さんみたいに、なにかを買ったりするようなお金もないし」


 カフェにやって来たわたしはオレンジジュースを注文した。

 この1杯だけでも、そこらのお店でオレンジジュースを飲むより何倍も高い。


「あら、また会ったわね」


 わたしの隣におばあさんが座った。

 客室の廊下で会ったおばあさんだ。


「あっどうも」


「もしかして、ひとりで乗っているの?」


「はい。アクシラの魔剣士学園に行きたくて、試験を受けに……へへっ」


「そうなの? わたしの孫も今年、入学試験を受けるのよ~」


「ええ!?」


 こうしてわたしはおばあさんとしばらく話をしてから、ディナーの時間になると一緒にレストランへと向かった。

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