腹痛イタタタタ
【ミザリア】
人造生物とかいう変なやつらは厄介な存在だ。
トゲと牙、あと爪くらいに気をつければ怪我はしないだろうけれど、倒す方法が叩き潰すしかないってのが厄介すぎる。
ときどき見物客だった貴族がやつらをバラバラに切り捨てて、さらに増えているのを見た。
「斬ってはいけません。叩き潰してください」
そんなエールッシュの声がどこかから聞こえる。
どうやら走り回って、退治方法を伝えているらしい。
「──こっちだ! やつら体育館には入ってこないぞ!」
なんて叫んでる声が聞こえた。
あっちにもこっちにもうじゃうじゃとうごめいているやつらが、体育館には入ってこない? そんなのありえるの?
「あやしいなぁ。でもこの状況じゃ仕方ないか」
リーネちゃんのクラスメイトたちとトトラ一家や他にも集まってきた一般客を守りながら、校門まで向かうのはキツい。
犠牲者が出るのだけは避けるべきか。
「行ってみよう。とりあえずみんなも休まないと」
そうして体育館に入ってみると、人造生物は入り口までは追いかけてきたのに去っていく。
あきらかにおかしい。
襲撃者がここだけをセーフゾーンにしてくれている、なんて考えたくはない。
むしろ罠の可能性が高いんだから。
「お父さん、あたしはリーネちゃんたちの様子を見てきます」
「娘たちを頼みます」
「アデルさん、無理はしないでね」
「わたしも行くー!」
「メリルちゃん無茶言わないでー」
腰にしがみついてきたメリルちゃんがお父さんとお母さんに確保されているあいだに、わたしはリーネちゃんのクラスメイトたちにここが危険かも知れないことを伝えようと近づいた。
でも返り血、というか返り体液でどろどろの彼らもそれを気づいているらしい。
逃げる準備だけはしておこうという話を聞いて、あたしは体育館を出た。
「さて、どうしたもんかな」
リーネちゃんがこの程度の敵にやられるなんて、イメージすらできない。
だから先に、どういう状況なのかを確かめたい。
以前、この人造生物が地下迷宮で出たっていうのはリーネちゃんから聞いている。
発生源があるとすれば、地下迷宮の可能性が高いはずだ。
「よっと」
そうしてとりあえずやつらの動きを見るために高台に向かうことにした。
コロッセオの外壁を蹴っていって一番上の縁まで昇る。
荒野に変わった舞台の上で、リーネちゃんたちが戦っているのが見えた。あの感じならあたしの助けはいらないだろう。
「あたしはあたしのできることをしないとね」
舞台の反対側、コロッセオの外側から周りを見る。
人造生物たちは学園の敷地内を埋め尽くすほどいるって訳ではないらしい。
コロッセオに向かってどこかから沸き出しているように思えた。
体育館の周囲には本当に近づいてすらいない。そんな場所が他にもある。校舎だ。
ただ、校舎の辺りには近づかない、というよりも壁になるように背を向けて動かない。
「あやしいな。ん?」
校舎の窓ガラスの向こう側を奇妙な連中が歩いているのが見えた。
白いローブ。いや、神官衣を着ている? なんで神官が?
「えっ」
別の場所に視線を向けると、校舎近くの木の根本に見知った顔があった。
エールッシュが根本に背を預けて座っている。
あたしはその場から飛び降りると同時に駆けていく。人造生物たちが邪魔だったが、その背中を飛び越えた。
近づいて来るにつれて、それがエールッシュであるとわかる。
「大丈夫?」
荒い息を吐きながら聞いた。
「ああ、ミザリア」
エールッシュは横腹を押さえている。
服にはじわっと血の染みが。
「どうしたの!? あんたがあんなやつらにやられるなんて!」
「違うから」
エールッシュは唇をへの字に曲げる。
「たぶん、としか言えないけど……人造生物を操ってるやつを見つけたの」
「それってもしかして神官みたいなやつら?」
「そう……知ってたんだ。そいつらを人造生物が襲わなかったから近づいてみると、いきなり攻撃してきたわ」
あたしはハラワタが煮えくり返りそうだった。
親友でもあるエールッシュに対して、こんなことをするなんて!
でもエールッシュは落ち着いた顔だった。
「他の教師を探してきてくれる? 見かけたのは4人だったけど、どいつも手練れよ。他にもいるかも知れないから」
コロッセオから見た感じでは、教師たちはあちこちに散っていたはず。
人数を集める時間があるのだろうか?
呼び集めてから校舎に向かったときに、やつらが逃げているのが最悪の状況でしょ。
いや、いるでしょ。教師よりも強い子が!
あたしが立ち上がるとエールッシュは眉間にしわをつくった。
「どうしたの? はやく呼びに行って。あなたひとりじゃ無理だからね?」
「わかってるって。でも教師よりも、もっといい助っ人がいる」
【リーネ】
「──あっ、イタタタタ。イタタタタ」
わたしがお腹を押さえると、視線が集まった。
やめて欲しい。みんなに見られるのは恥ずかしい。
顔が赤くなってるのが自分でもわかるから下を向いた。べちょべちょが見える。うわぁ。
「どうした?」
「どこか怪我したの?」
お姉さんとベルさんが心配そうな顔でわたしを見てる。
「や、その……怪我じゃなくてお腹が……イタタタタ」
結構な人数がいるけど、みんなホッとしてた。
心配してくれたのは嬉しい。だからこそ嘘をついてるから胸が苦しくなる。
「ちょっとトイレに行ってきます。えっと、しばらく戻れないかも知れないけど探さないでください」
わたしはゲートに向かって走った。
でもどうしてだかお姉さんが追ってくる。な、なんで!?
とりあえず控え室に入るとすぐにお姉さんも入ってきた。
「どうかしたのか?」
「えっ、うーん」
一瞬だけ言うべきかどうか悩んだ。
それが悩むほどのことじゃないって一瞬でわかった。
お姉ちゃんは強いし、わたしのことを知っているから。
「うん。ミザリアお姉さんから連絡があったんだ」
わたしはイヤリングを指でつついた。
「ミザリアさんから? なんて?」
「えっと、人造生物を操っている人を見つけたんだって。それで相手が多いから手伝って欲しいって」
お姉さんはわずかに目を見開いたあとにきゅっと視線を強めた。
「学園を襲ったやつなら、わたしも礼をしたいな。せっかくのリーネの活躍の場を潰す愚か者どもめ」
後半は言ってる意味がよくわからないけど、ともかく一緒に言ってくれるなら百人力だ。
わたしは黒大剣からローブと仮面をつくって狂想曲の格好になる。
お姉さんにも仮面を渡した。
「ん? ああ、そうか」
お姉さんが受け取った口元を覆う黒い仮面をつける。
んー、でもこれだと仮面をつけたお姉ちゃんだ。
前は夜だったからよかったけど、今は明るいから……いや、お姉ちゃんはお姉ちゃんとして動いてもいいんじゃない?
「──それならあたしのを貸してあげるよ」
そんな声が開いた扉から聞こえてきて、わたしたちは身構えた。




