お姉さんとベルさん
【エールッシュ】
コロッセオでの決戦の最中に乱入者があった。
いや、乱入生物か。以前、学園の地下迷宮に現れた人造生物がふたたび現れたのだ。
あの人造生物の破片はベルベット先生が鑑定していたけれど、高品質なモノで、ベルベット先生すら造ることができないと言っていた。
ベルベット先生はアクシラ王国でも有数の研究者だからこそ、その彼女が造れないモノを学生が造れるはずはない。
つまり正体不明だった。
元々、あの迷宮は新しい通路や小部屋が見つかったりする。あのようなモンスターが現れる──ありえないけれど、そう思わざるをえなかった。
でも。
「な、なにこれ……」
騒動がわかった瞬間、わたしは急いで司会を任せられている少女の元に向かった。
動揺している少女からマイクを受け取る。
「代わります。観客の皆さま方は、あわてずに出口を目指してください。教職員の方々は観客の方々の安全を優先してください」
本来であれば、生徒を含めたすべての人の安全を優先するべきだ。
でもそれはできない。
コロッセオには魔力の扱えない一般人が大勢いる。教職員の数と比べて、それは何倍どころか何百倍の数。
生徒には自分で自分を守ってもらうしかない。
わたしは唇を噛みしめたあとで剣を抜いた。報告によれば、この生物は切断してしまうと増えてしまう。
「斬らずに叩き潰してください!」
一般客を守りながらコロッセオを駆け回る。
アクシラ魔剣士学園の教職員だけではなく、他校の教師や見物に来ていた貴族たちに対処法を伝えながら走った。
どうやらこの人造生物たちはコロッセオの外からやって来ているらしい。
「普通に考えれば地下迷宮──でも校舎に逃げていく人がいる?」
コロッセオの外にも人造生物はたくさんいる。
そんななかで、校舎に向かって逃げる人の姿が多かった。
校舎の地下から出てきているなら、校舎に向かうはずがない……とは思うけれど。
「もう、いったいどれだけいるの!」
わたしの声は唸り声に掻き消される。
数えるのも面倒なほどの人造生物たちの奥を、誰かが悠然と歩いていく姿が見えた──。
【リーネ】
まるで洪水みたいに押し寄せてくる人造生物を潰して潰して潰して潰して。
わたしたちは互いに背中を預けて戦っていた。
各国の代表選手たちが信頼しあって後ろを任せて、任せられて。そうして円陣を組んで戦いはじめてから、どのくらい経ったのかわかんない。
コロッセオの舞台がべちょべちょのどろどろになったころ、人造生物たちが逃げていったのはおぼえてるんだけどね。
「つ、疲れた」
みんなの服もわたしの服もべちょべちょで武器はどろどろだった。
はあはあ、と荒い呼吸があちこちから聞こえる。
「それで」
とセレナさん。
「いったいどこが優勝しまして?」
優勝? なんのこと?
「ラーウッドは200は倒したわ。一番多く倒したのはうちの学園ね」
双剣使いの女子生徒が胸を張る。
あー、そういえばそんなこと言ってたっけ。
「あら。キノンは201ですわ」
「はっ!? よく考えるとラーウッドはもう2体倒してたわね。202よ」
「そうですの? キノンは本当は210……いえ、300でしたわよ」
ふたりはさっきまですさまじい戦いをしていたなんて、ほんの少しも思えないくらいに元気に言い合いをしてる。
きっとあのふたりも背中を預けて戦ってたはずだけど。
まあ、やっぱり貴族ということかも。わたしにはわからないプライドの世界なんだと思う。うぅむ。
「リーネちゃん、怪我はしてない?」
「あっはい。大丈夫です」
わたしはこくこくと首を振った。
ベルさんの服には人造生物の体液がついてない。
よくアニメとか漫画である、返り血を受けてないってやつかな?
「さすがベルさん」
わたしはパチパチと手のひらをあわせて拍手する。
「……大丈夫のようだな」
とお姉ちゃん。
お姉ちゃんはベルさんをちらりを見てから、なぜだか子供が拗ねたみたいに下くちびるを少しだけ尖らせた。
こんな顔は珍しいなぁ。7歳のときに花瓶を壊してお母さんに剣を没収されたとき以来かも。
「お姉ちゃん──は、無事だよね。うん」
見た限り、人造生物の体液は見えない。むしろ試合前のままだ。
さすがお姉ちゃん。
お姉ちゃんはころりと表情を普段のものに変える。
ベルさんとお姉ちゃんが並んでこっちを見た。見て……とくになにもない。話しかけてもくれない。
わたし、話しかけてくれないと会話できないんだけど!?
「あの、これからどうする?」
基本的に視線はお姉ちゃんに向けて、わたしはそう言った。
とりあえず今は人造生物も襲ってないはず。
このままここにいるよりも、どこか別の場所にいく方がいいかもしれない。
お父さんやお母さん、メリルは無事かな? リゼたちはちゃんと逃げられたかな?
疑問はあっても、あんまり意味がないこともわかっている。
だって、お姉ちゃんやベルさんはここにいて一緒に戦ってたんだから。みんながどうなったのかなんて、わかるわけないもん。
「ここはもう大丈夫だろう。わたしは教員から話を聞くべきだと思う」
「そもそも、あれってなんだろうね。人造生物だって見ただけでもわかるくらいには、見た目がおかしいけど」
ベルさんが足下のベタベタを踏んでみてる。
お餅みたいに伸びて、離れたあとで生きてるみたいにピクピク動いた。
半透明の四足歩行生物。
先端にトゲのあるクラゲの触手みたいのが背中から生えてて、それが動いて襲ってくる。
間接や手足は昆虫のような感じ。
さすがに異世界でも、そんな生き物は存在しない。
「人造っていうくらいだから、誰かが造ったんだよね? どうしてこんなことするんだろう」
わたしが言うと、お姉ちゃんが目を細めた。
あんまり表情の変わらないお姉ちゃんだけど、今は真剣に考えているときの顔だ。妹だからこそわかる。
「何をするにしても、コロッセオが目的地というわけではないだろう」
「えっ」
「単純な話だ。こんなやつらが自然発生したとは考えにくいだろう? なら誰かが造ったということだ」
お姉ちゃんはベルさんをちらりと横目で見る。
えっ、ベルさんが造ったの!?
「理由があって行動させているのであれば、目的がある。コロッセオへの襲撃が目的だとすると、あれでは数が少ない」
「多かった気が」
「でもそれだと目的地ってどこなのかな。あたしはアクシラ魔剣士学園をあまり知らないからわからないけど、あの数を陽動に使ってまで何かをしたい場所ってあるの?」
「多かった気が」
わたしの言葉は聞こえてないんだろうか。
少しだけムッとしているお姉ちゃんとクールなベルさんが見つめあってる。
「あっベルさん、こちらお姉ちゃんのアデルです」
今さらながらわたしが言うと、ベルさんは知ってた感じで微笑んだ。
わたしとお姉ちゃんの髪を見比べてる。
まあ白色と黒色だから、パッと見ただけでは姉妹だと思わないかも。
姉妹だって知ってる人からも疑われることがあるし。
「お姉ちゃん、こちらわたしのおっ」
「おっ?」
お姉ちゃんが首をかしげてる。
お友達って……言っていいのだろうか。そもそもお友達なんだろうか。うぅむ。
「お友達のベル・メルフィーです。ヴェルネスト騎士団付属の2年生」
そう言ってベルさんが手を差し出す。
お姉ちゃんは少しだけ戸惑った感じがしたけど、その手を掴んだ。
『リーネちゃん』
わたしはビクッとした。
お姉ちゃんとベルさんはまだ握手を続けているのにもアレだったけど、イヤリングからミザリアお姉さんの声が聞こえてきたからだ。
『この騒動の犯人を見つけた』




