奇妙な戦い
乾いたような音だった。
その音が響いてラーウッド生のひとりのゲージが減っていく。
『散れ!』
褐色の肌の双剣使いの女性が即座に言って、草むらに消える。
「今のって銃?」
ミツモちゃんが唖然としながら言った。
でもあんまり気にしていないのか、控え室に置かれているお菓子をリスみたいにサクサクと。
あれ、わたしも貰っていいのかな。
──バァン
──バァン
一発は避けたみたいだけど、もう一発は当たったみたいだ。
また顔の横のゲージが下がった。
『動き回れ! 狙わせるな!』
『森だ、森に突っ込め!』
ラーウッド生たちの姿が消えた。
腰の高さまであった草むらが、まるでサメ映画の海のシーンで背びれが海面かだ出ているみたいに割れていく。
モニターに映っているのはどうやって撮影しているのか、上からの映像に切り替わったので、こっちからは場所がはっきりと見えているけど。
きっと正面からだと見えないと思う。
──バァン
今度はギィンという音がした。
ラーウッド生が武器で弾いたみたいだ。
「しっかし、まさかあのキノンの生徒で銃なんて使うやつがいるとはな」
わたしはこそこそ動いてミツモちゃんが食べているせんべいをわけてもらった。
ミツモちゃんはせんべいを咥えたまま返答するみたいに唸ってる。
「銃を使う魔剣士なんて聞いたことがない」
「えっでも」
わたしが口を挟んだのでライコ先輩がこっちを見た。
ソファーで背を預けながら、首だけがくるりと向いて。
「ローレンティアでは違うのか?」
わたしに言ったのか、それともお姉ちゃんか。
視線は別にどっちにも向いていなかったけど、答えたのはお姉ちゃんだ。
「ローレンティア王国でも同じだ。むしろアクシラ王国のように槍や斧を使うことすら邪道であるとされている。剣こそ正道だと教えられた」
そ、そうだったの?
わたしは訓練所にも行ってないから知らないよ……。
でも銃って強そうなイメージあるけどなぁ。このあいだ襲ってきたマジシャンの人も使ってたし。
お姉ちゃんの言葉にミツモちゃんがムッとする。
槍の名門だって言ってたからかも。
「銃は魔力が扱えない兵士のものでしょ。魔剣士は銃弾くらい避けられるし、当たっても魔力で防げる。槍は剣よりも強いの!」
「そうか」
そうかってお姉ちゃん。
ミツモちゃんはテーブルに立て掛けていた槍を抱きしめた。
「そうですー!」
お姉ちゃんを見てミツモちゃんを見て、またお姉ちゃんを見る。
別に喧嘩ってわけじゃないみたい。
ホッとしていると銃声が聞こえないのに気がついた。
モニターには森のなかが映ってる。太い木細い木高い木低い木、いろいろあるけど、ラーウッド生たちはそこで背を預けるようにして円陣を組んでいる。
いつの間に? まあ話してたときなんだろう。
「草むらだと狙われる。だから遮蔽物が多い、そのうえで射手のいる森に入るのは定石か」
「だがキノン王国の剣士は接近戦こそ得意とするところだろう」
ライコ先輩にお姉ちゃんがそう言ったときだった。
雄叫びをあげながら、キノン生たちが木の陰や段差になっている地面から突撃していく。
ラーウッド生たちは即座に反撃してるけど、すでにダメージを負った人から順番に倒されていった。
「勢いって怖いね」
ミツモちゃんが言う。
「えっあっはい」
わたしはこくりと首を振った。
たしかに一気に来られたら怖いかも。
「ん? なんだ、あれ」
困惑したような声。ライコ先輩だ。
モニターを見てみると、そこにはセレナさんがいた。
セレナさんはキノン人にしては身長が高くはない。けど……映っている映像では他のキノン生よりも身長が高いように見える。
会場のざわめきがここまで聞こえてきた。
映像が引かれていく。
あれ?
『こ、これはいったい……どういうことか! キノン魔剣士学園2年、セレナ選手が宙に……宙に浮いているぞ!?』
ライコ先輩がモニターに食い入るように近づいた。
それで見えなくなったのか、お姉ちゃんが右から押した。ミツモちゃんは左から。……ライコ先輩苦しそう。
「なに、これ」
「ちょっお前ら、押すな!」
「まさか、リーネと同じことができるのか?」
お姉ちゃんの言葉にふたりの先輩が目を見開いて、お姉ちゃんとわたしを交互に見てる。
そして冗談と思ったのかどうなのか、またモニターに視線を向けた。
セレナさんは、まるでそこに透明なガラスの板があるかのように、何もない場所をゆっくりとした歩調で歩いている。
キノン生たちは平然と顔色すら変えずにそれを見ているけど、残ったラーウッドの双剣使いの女子生徒は見るからに動揺してる。あんなの見たら、きっと誰だってそうだ。
「うぅん……わたしのとは違うと思う」
わたしとは違って、浮いているというよりは歩いてるし。
『高いところから失礼』
セレナさんはマスケット銃をくるりと回したあと、
──バァン
避けられたけど、たいして気にしてなさそうに笑ってる。
やっぱり銃を使ってるのはセレナさんだったのか。
『卑怯な。……正々堂々勝負しろ!!』
『卑怯?』
セレナさんは首をひねって顎の先に指先を当てて。
『高いところにいるのが卑怯だと言うの? それとも銃のことかしら?』
双剣使いの女子生徒は皮肉ったように笑った
『銃など雑兵の武器だ。気にもしていない。だが、そんな場所にいることを恥じろ。それでは逃げているのと同じではないか!』
『はあ。つまらない方ですわね』
深いため息を吐いたセレナさんはすたりと地面に立つ。
どうやらわたしとベルさんが戦ったときのようの、お姉ちゃんやライコ先輩たちのように、キノンの選手はふたりの戦いには手出ししないらしい。
くるくるとマスケット銃を回しているセレナさんがにっこりと笑う。
『ふんっ、度胸はあるようだな。参る!』
『タネも仕掛けもありましてよ』
「えっ」
その台詞、どこかで聞いたことがあった気が。
セレナさんは手のひらを相手に向けた。
『──とまれ』
駆け出していた相手選手が動きを止めている。
なんで? どうして?
わたしも思っていたけれど、その選手も同じことを思っていそうな表情だ。
『な、なんだ……これは!』
『勝負の世界は甘くはないということですわね』
──バァン
こうしてキノン魔剣士学園対ラーウッド王立魔剣士学園のキノン魔剣士学園の勝利で終わった。
歓声が響いたのはすこしだけ時間が経ってから。
観客の人たちも、セレナさんのやったことがどういうことなのか意味がわからなくて飲み込めなかったみたい。
それはわたしたちも同じだった。
「どうして動きを止めたんだろう」
ミツモちゃんが腕を組んで考えている。
そりゃそうだよね。止まれって言って……まあ止まれって言われたら、わたしは止まると思うけどさ。
でも撃たれそうになっても動かないのはさすがにおかしい。
「弾丸に何か細工があったんじゃないか?」
ライコ先輩が言った。
「どんなのだ?」
お姉ちゃんが言って、ライコ先輩も考えていたけど、降参って感じで手をあげる。
空を歩いて相手の動きを止めてしまう。どんな技だろう。
たぶん、わたしも似たようなことは出来るかもしれない。
『続いての試合、アクシラ魔剣士学園対キノン魔剣士学園の試合は休憩時間を挟んで始まりますのでトイレは今のうちに──』
そんな声が響いている。
悩んだってわからないんだから悩んだって仕方ない。
わたしのお腹がぐるる~と鳴った。




