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飛行船ローレンティア号

 わたしはついにアクシラ王国に向かうことになった。

 数日前から貸し切っている馬車は、お父さんとお母さん、あと妹とミザリアお姉さんを乗せて、空港へと出発したんだ。

 道中、いろいろな町に寄ったんだけど……妹からすれば、普通に旅行してると思ってるのかも。

 お父さんとお母さんはお土産を買うことに夢中だし。

 娘との長い別れになるって、わかってるのかな? お姉ちゃんとなかなか会えなくなっちゃうんだよ?


 でも、そんなことは潮風の香りで吹き飛んじゃった。

 丘を越えて海が見えると、目的地が見えてきたんだ。


「お、おおお! 飛行船だぁ!!」


 馬車の窓にくっついたわたしの視線の先には、白と青、それから金の装飾が散りばめられた飛行旅客船が停泊していた。


「でも……うぐっ、飛行船、墜落……苦い思い出ががががが」


「なにあれ、風船~?」


 隣からメリルが飛行船を見ている。

 元の世界でも、飛行船というものはあった。乗ったことはなかったけどね。

 飛行船っていうのは、簡単に言っちゃえば巨大な風船の下に小船がついているようなもの。

 ただ、こっちの飛行船は風船部分に装甲を取りつけてるから、ロボットアニメのの宇宙戦艦みたいな見た目だ。


「そだよー、大きな風船。剣でも斬れないような硬い繊維を編み込んでるから、割れたりしないけどね」


 ミザリアお姉さんは珍しくもなさそう。


 馬車は空港の停車スペースに到着した。

 わたしは空港のロビーに行って、受付のお姉さんにチケットを渡す。すると、受付のお姉さんが少し驚いたような表情をする。

 たぶん、一等客室ってのがすごいんだと思う。


「このチケットは1枚で、2名までのお客さまが客室を利用できます」


「あっ、わたしとお姉さんが」


「あたしは別の船に乗っていくよぉ~」


 わたしの言葉を遮って、ミザリアお姉さんが言った。


「な、えっ、えぇ!?」


「リーネちゃんと一緒に行くと、墜落しそうだから」


 真顔で言うもんだから受付のお姉さんが苦笑いをしている。

 ローレンティア王国最新式の飛行旅客船で、豪華な客船だから墜落なんてありえないって思っているんだろうね。

 わたしもそう思いたい。ありえないでしょ。


 そんなことがありつつ、飛行船が発進する時間が近づいてきた。

 メリルが一緒に行くんだって泣いたり、お父さんとお母さんがオヨヨと泣いていたりするのが目立っている。

 一等客室には、行く人専用の搭乗口があって、周りのお客さんは、有名な商人だとか大貴族っぽい人ばかりだから浮いちゃってた。


 でも、こんなわたしたちよりも遥かに浮いて──いや、目立ってる人がいる。

 

「ローレンティア姫」


「お美しい」


 周りの上品そうなお客さんたちが目を輝かせている。

 彼らの視線の先には、淡い金色の髪をかすかに揺らせて歩く、綺麗な女の子の姿があった。

 ローレンティア姫……お姫さま!?


 お父さんとお母さんが胸に手を当ててお辞儀していた。

 周りを見てみると、他の乗客の人たちも同じようにしている。

 で、でも別にあの子ってこっちを見てないよ?


「でもお辞儀しちゃう、わたし」


 小声。

 ミザリアお姉さんは特に興味なさそうだったけど、わたしは周りの真似をしてお辞儀してみた。

 お姫さまはちらりとこっちを見て、すぐに興味を無くしたみたいに歩いていく。

 発着ロビーの1番奥で、お付きの人たちと搭乗が始まるまで待つことにしたみたい。


「あー」


 と、ミザリアお姉さん。


「やっぱり駄目だね。お姫さまが乗るなら、マジでヤバい。さすがはリーネちゃん。これは波乱の旅になるよ」


「い、いや……ぜったい変なことは起こらないですって」


 ミザリアお姉さんは遠い目をしている。ぐぬぬ。


「うう……でも、少し不安になってきた」 


 な、なんてね!

 わたしは別にトラブル誘引体質じゃない。

 だって、お姉さんのお手伝いをする前には、大きな事件に巻き込まれたこともなかったし。

 むしろお姉さんがトラブルを引き寄せてるんじゃないかな?


「はい、これあげる」


 お姉さんの手のひらにはイヤリングがあった。

 青色の水晶みたいな宝石が付けられている綺麗な品だ。


「えっ、貰ってもいいんです?」


「うん。どっちの耳でもいいからつけてみて」


 わたしは左の耳たぶにつけてみた。


「まもなく出発となります。お客さまは、搭乗をお願いします」


 ちょうど搭乗が始まったので、わたしは着替えなんかが入っている荷物を持ってゲートに進んでいく。

 後ろを振り返って家族を見た。

 お父さんとお母さんはハンカチで目元を押さえていた。妹はわんわん号泣している。


 わたしは少しだけうつむいて、もう一度だけ家族を見て、笑顔を見せた。

 軽く手を振る。

 他の乗客を追いかけるように、くるりと回ってゲートを進む。

 家族をもう一度見たら、たぶん行けなくなっちゃう気がしたんだ。


「お、おお」


 タラップを上がっていくと、広い空間が見えてきた。

 あちこちに真っ白な大理石の柱が置かれていて、足下には濃い青色の絨毯が敷かれている。

 天井には銀でつくられた大きなシャンデリアがあって、そこから魔石灯が暖かな光を発していた。

 元の世界で、こんな感じの豪華客船の特番をやってたの、見たっけ。

 3階まで吹き抜けの巨大な空間は豪華そのもので、あちこちピカピカだった。

 前のわたしも今のわたしも……こんなところは場違いだって、自分でも思っちゃう。


『リーネちゃん。そっち、どんな感じ?』


「えっ、あっ、すごいです。すごいしかない……」


 わたしみたいな庶民には別世界すぎるよ。

 艦内ロビーで大剣を預ける。武器の持ち歩きはダメみたい。

 係員の人は真っ黒な大剣に驚いていた。 


「って! えっ、えっ、えっ……!!」


 さっき、すぐ隣からミザリアお姉さんの声が聞こえてきた気がするんだけど!?

 わたしはきょろきょろと周囲を見渡す。

 突然おどいた声を出しているわたしは浮いちゃってる……まあ、庶民な格好も含めてだろうけどね。


『そのイヤリングがちょっとした逸品でさー、遠くに離れてても会話ができるんだぁ』


「あっ、これ周りに聞こえてない、感じですか?」


『そうだよー』


 わたしはイヤリングを指でつついてみる。

 機械って感じはしないから、魔力か何かで動いているみたい。


「こんな機械? あるんですね」


『機械じゃなくて魔法具だけどね。あたしからのプレゼントだよ』


「あっ、わかりました! お姉さんってば、これを試すためにこっちに乗らなかったんですね? もー、もったいないですって。こんな飛行船、めったに乗れないのに」


『いや、リーネちゃんがいるとヤバい事件に巻き込まれそうだからだよ』


「……」


『困ったことになったら連絡してきてね。魔力を込めたら、声が届くからさ。あ! あたしは下からゆっくりと船で向かうから、アクシラでまた会おうね~』


 イヤリングに少し魔力を込めると、通信がオフになるのがわかった。

 空港は飛行船の離発着場があるだけじゃなくて、フェリー用の港も併設されてる。

 だからお姉さんはフェリーに乗るんだろうね。

 わたしは他のお客さんに置いていかれているのに気がついた。

 追いかけないと。


『当機、飛行船ローレンティア号はこれよりアクシラ王国に向けて発進いたします。しばしの間ですが、快適な空の旅をお楽しみください』


 艦内アナウンスがどこからか聞こえてくる。

 ふわり、と身体が浮いたような感覚。

 おお、飛行船が発進したみたい!

 アクシラ王国までは7時間の空旅なんだって。


 でもさ、ミザリアお姉さんもひどいよね。

 こうなったらぜっっったい事件に巻き込まれてやるもんか!

 何かあっても回避してみせる!!

 豪華な飛行旅客船、王女が同船、わたし。何かが起こる──!


 そんなわけないでしょ。

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