青白い月と宣言
学園祭も2日目の夜にもなれば、他校の生徒と交流している生徒も増えてきた。
試合の結果は結果として受け入れている選手たちは、あのときはこうだったとかああだったとか、そんな感想を言い合っている。
とはいえ。
突然あらわれたような1年生の代表選手──つまりわたしのことは好奇の目で見ていた。
「明日になれば、お前に不満のあるやつも黙るだろう」
そんなことをわたしの隣で食事しているお姉ちゃんが言う。
「えっ」
やっぱり不満ある人もいるんだ……。
まあそうだよねぇ。
「わたしに生徒会長の代わりなんて無理なんじゃないかな……」
「そんなことは」
「──戦闘に関してなら、わたしはリーネちゃんほどの代役はこの学園にいないと思っているよ」
聞き覚えのある声が、わたしたちの会話に割り込んできた。
歓迎会に使われている大広間のような場所なのに、どうしてだかその声が響いてしまった。
なんでさっきまで騒がしいほどだったのに、こういうときだけ偶然にも静まり返ってしまうのか。
いや、理由はあるのだろう。
たとえば他校の生徒たちすら事前に注目していたアクシラ学園生の筆頭でもある、ミレーユ生徒会長がここに姿を現したから。
たとえばそんなミレーユ生徒会長が包帯でぐるぐる巻き (顔だとかの包帯をさっきずらした)の状態で現れたから。
たとえば絶対に裸の上に包帯を巻いているっていうくらいには、カラダのラインが見えているから。
たとえば他校の生徒のみならず、アクシラ学園生だって「おお」だとか「ひゅう」なんて声が聞こえているから……。
なんか後半のたとえばがおかしいけど。
とにかく……どうしてこんなところにミレーユさんが?
「そこ、座っても?」
「好きにしろ」
「あの、ミレーユさん」
「ん。どうかしたかい?」
「魔力、ごめんなさい」
「いやいや、それはわたしの実力不足というものだ」
「だろう? こいつの自業自得だ」
「おやおや、わたしのことを話していたのかい?」
「していない」
「前にすこしだけ」
「リーネ、言わなくていい」
「ふうん。キミたち姉妹は仲良しだね」
「ああ」
「それは認めるのか。ふふふっ」
お姉ちゃんが横目でミレーユ生徒会長を見て、ミレーユ生徒会長はカラダを傾けて斜め下から見上げるようにお姉ちゃんを見ている。
左からお姉ちゃん、わたし、ミレーユ生徒会長って座っているから……正直、席をどっちかと変えて欲しいなぁ。
なんでわたしを挟んでふたりが話しているんだろう。
「よう、今年は出ないんだってな」
明日の試合に出る、ラーウッドの代表選手たちがやって来た。
「見ての通りだからね」
ミレーユ生徒会長はほら、というように両手を広げている。
ラーウッドの代表選手が、
「いい勝負ができると期待していたんだが……ま、仕方ないな。剣鬼はいるんだ。それを神に感謝するべきか」
「剣鬼だけを見ていると足元をすくわれるぞ?」
よみがえったミイラみたいなミレーユ生徒会長がニヤリとして言う。
ラーウッドの代表選手──筋肉質なカラダに深紅のジャケットを羽織っている彼が腕を組んだ。
彼は顎をすこし傾けて。
すっとぼけたように天井のシャンデリアを眺めてる。
「ライコの重剣は久しぶりだし、ミツモの槍さばきも楽しみだが」
彼は考えてるみたいに口元に手を当てて、わたしを見下ろす。
「他に強そうなやつはいないな」
お姉ちゃんが黒刀に手を伸ばした。
それをわかっているんだろう、ラーウッドの生徒たちも腰や背中に手を伸ばしてている。
もう今からでも戦ってやると言わんばかり。
あばば、どうしよう。
「あらあら、血気盛んね。混ぜて貰おうかしら」
キノンの生徒たちもやって来た。
先頭に今日のアクシラ生との戦争ゲームで旗を奪った二刀流の女子生徒がいる。
「今度は負けない」
そう言ってヴェルネスト生たちもやって来て……。
先生たちはすこし離れた場所からこっちを眺めていた。喧嘩? 別にいいよ。怪我人が出るなら、さすがに止めるけど──みたいな顔で!!
4つの学校の生徒たちがそれぞれ四方から進んできて、中央で円を組んでにらみ合う。
わたしはそそくさと会場から出ていった。
あんな雰囲気、怖い。わたしは明日……あんな人たちと戦わないといけないんだろうか。
廊下をひとりで進んでいると中庭を月明かりが照らしていた。
この前、変なロッカーを見つけた場所にはロッカーはない。
ベンチに座って夜空を見上げる。
とても大きな青くて丸い月。綺麗。でも……明日の不安を拭いさるほどじゃない。
夜の学園はいつも静かなものだけど、生徒の大半が会場に集まっているからいつもよりも静かだ。もはや静寂。
遠くで剣戟の音みたいな、金属同士がぶつかるような音が聞こえてるけど……ま、まあ戦ってないよね。きっと。うん。
「ねえ」
「あっはい」
わたしが白目でいると声が聞こえた。
中庭と廊下の境界からだ。
ウェーブのかかった短い金髪の女の子が月光の下に出てくる。
桜色の袖無しマントにはキノン王国の紋章が。
まるで人形のように完璧な顔。このエレガントな美人さん……そういえば前にも会場で会ったっけ。
「単刀直入に言わせて貰ってもいいかしら」
「えっ……なに?」
「あなたは明日の試合に出ないほうがいいわ」
「あっ」
やっぱり1年生が代表なんて、他の学園の生徒だって、嫌に決まってるよね。
「うん。……わたしもそうは思うんだけど」
ミレーユさんが出れなくなったのは、やっぱりわたしのせいではあるし。
そのミレーユさんに任された以上、出るべきだとも思ってる。
それでもこうやって出ないほうがいいと言われちゃうと……。
「わたくしは別に、あなたと戦いたいワケではないの」
言い終わると女の子は中庭から出ていった。
でも入れ替わるように新しく入ってきた人もいる。
グレーの軍服みたいな制服に身を包んだ、ベルさんだ。
「やあ」
「あっはい」
「その、ごめんね。実は話が聞こえてて」
「ああー」
「だから言うけど、あたしもさ、出るのはやめたほうがいいと思うんだ」
ベルさんも!?
わたしはあわあわと動いたけど、なにを言えばいいのか。
「いやっ、別にリーネちゃんがどうとかってワケじゃないんだけどね。その……キミが襲われるかもって話を聞いちゃって」
「わたしが?」
襲われる?
襲われるというか……昨晩襲われてるんですが。
「あの、実は昨日も襲われました。そのときは知り合いに助けてもらったんですけど」
「え”っ」
いつもクールなベルさんがあきらかに驚いている。
目を見開き、たじろいで。
「うそ……そうか、あいつ以外にも雇われているという可能性も……あったか。だとすれば……出場を辞退して部屋にこもって貰うのが一番……」
ぶつぶつと考え込んでいるベルさんを眺めながら、わたしはまた空を眺めた。
青白い大きな月を見ていると迷っているのが些細なことのように感じてしまう。
生徒会長であって3年生のミレーユさんは、出場したかったにちがいないんだ。
そのミレーユさんの代役を任せられたんだから!
わたしは迷っていられない!
「ベルさん」
聞こえているのかな。
「わたし、出ます。生徒会長の代わりに優勝してみせます!」
ベルさんは驚いていたけれど、わたしの真剣な顔を見て微笑んでくれた。
ちょっぴり困ったような、そんな微笑みだった。




