山あり谷あり
「リーネリーネリーネリーネリーネリーネリーネリーネ!!」
大勢の人が歓声を響かせ、わたしの名前を連呼する。
廊下に向かうと人々が道を譲ってくれた。混雑している場所でも人の群れがふたつにわかれて、そのあいだを通っていくわたしに視線が集まっていく。
「10段!」
「最強の学生はキミだ!」
「アクシラ王国万歳!!」
普段から褒められなれていないわたしは、そりゃ有頂天にもなるわけで。
心臓がバンバン鳴りながらも拳を天に向けて突き上げたりしちゃったり。
「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
歓声に次ぐ歓声は、新たな優勝候補が誕生したことを告げていたのだ──なんてことはない!
わたしの拳がどんどん下がっていく。
応援の言葉はありがたいけど、10段じゃない! というか10段の人自体を見たことすらない!
きっと先生に怒られることになるだろう。
正々堂々の勝負で嘘をついたんだから……。
「あははっ。別にいいんじゃない? 勝負なんてのは裏をかき合いだし。決闘って言っても前座の試合なんてのは娯楽の割合が高いし」
夜中に寮から抜け出したわたしは、裏路地の知ってる人しか入らないようなお店ラビットシュガーでミザリアお姉さんと会っていた。
お姉さんに今日あったことを説明したんだけど、お姉さんはその話を肴にお酒を飲んでいる。
「そうなのかなぁ」
「そうだって。それよりもさ、リーネちゃんなら普通の剣でも戦えるんじゃない?」
「えっ」
普通の剣で?
それって普通に剣と剣を打ち合わせてってこと?
「無理です!」
わたしは即答した。
「あれ? アデルちゃんがローレンティアに帰ったときとか、一緒に修行してたじゃん」
「それはそうですけど……やっぱり剣って怖いじゃないですか。当たったら斬れそうで」
「刃なんかより、リーネちゃんの魔力を突破する剣士がいるほうが、あたしは怖いけどね……うげ」
「うげ?」
見るとお姉さんが嫌そうな顔をしてわたしの後ろを見ている。
はっとわたしも気づいた。
甘いような香水の匂いがしている。これってまさか。
「情報屋さん?」
「はい。正解です」
情報屋さんがわたしの隣に座った。
大胆な真っ赤なドレス姿。わたしが着ても絶対に似合わないだろうなぁ。
「あっその、こんばんは」
「ええ。こんばんは」
にっこりと笑う情報屋さん。にっこりと笑っていたけれど汗が流れていくわたし。
笑顔がぶつかり合う……じゃなくて気圧されていく。
陰キャの笑顔と陽キャの笑顔──というか妖艶な笑みなんてわたしでは戦いにもならない。
まぶしい。わたしにはこの笑顔はまぶしすぎる……!
「で、どしたの?」
もう少しで情報屋さんの笑顔に押し潰されそうになっていたわたしだけど、お姉さんに助けられた。
頬杖をついてこっちを見ているお姉さんに情報屋さんは満面の笑みで話しかけて。
「リーネさんを倒せ、という依頼が入っています」
「へっ」
「ちょっと! そういう依頼はご法度でしょ! 裏の世界の掟を破るつもり?」
「違いますよ、ミザリアさん。業者を直接狙う依頼が禁止されているんです。ご存知でしょう?」
「だから……えっ」
お姉さんがわたしと情報屋さんを交互に見ている。
「もしかして、狂想曲じゃなくて……リーネちゃんを?」
「はい。だから最初から言ってるじゃないですか。リーネさんを倒せという依頼です」
わたしは天井を眺めた。
シャンデリアにクモの巣ができている。
どうやってあそこまで登ったんだろう。いや、壁を這ってきたんだろうけど。
「って、ええええええええええ!?」
わたしの声にラビットシュガーにいる、ご同輩──つまり業者の人たちが視線を向けた。
くっ。
倒しに来るなら戦ってやる。わたしはファイティングポーズをとった。笑われた。なぜだ!?
「それだっておかしいでしょ。やることは同じじゃない」
お姉さんがちらりとわたしを見てから情報屋さんに視線を戻した。
眉間にシワが寄っている。怒ってるんだ。
「ですね。でもご同輩からの依頼ではなく、完全に表の世界の方からの依頼なんですよ」
「じゃあホントに狂想曲のリーネじゃなくて……ただのリーネちゃんを狙ってるっていうの?」
「おそらく」
「っ」
な、なんで?
わたし恨まれるようなこと……結構やってるかも。
狂想曲としてやってることは運び屋さんでも、案外戦うことも多いしね。依頼をこなしていたら恨まれることもないとは言い切れない。
あれ、でもわたしを狙ってるんだよね?
がっくり肩を落としていると、情報屋さんがいつの間にか注文していたワインを一口飲んでいた。
「この街の業者は狂想曲がリーネさんだと知っている方が大半なので、そんな依頼なんて、そもそも受けないでしょう。ですが、この時期はよそからやって来ている方もいると思うので」
情報屋さんはいつものスマイルじゃなくて、珍しく苦々しい顔だ。
「よそ者が受ける可能性はあります。依頼人を探しておくので、しばらくお気をつけください」
「……はい」
わたしとお姉さんはラビットシュガーを出た。
お姉さんは賃貸の部屋に住んでいるから、いつもはわたしひとりで帰るんだけど、今日は学園まで送ってくれるらしい。
「リーネちゃんならさ、そんじょそこらのヤツには負けないだろうけど、やっぱり気をつけてね? あたしもツテをあたって情報を調べてみるから」
「……はい」
「さすがに教師だっているから学園の中までは来ないだろうし、しばらくのあいだは街には出ないほうがいいかも。学園祭を楽しんで」
学園の校門辺りでお姉さんと別れる。
校門は閉まっているんだけど、わたしは飛んで入った。
お姉さんは柵のあいだからこっちを見ている。振り替えってにっこりと笑いながら、お互いに手を振って別れて……。
「うーん。本当にわたしを狙う、なんてあるのかな」
人がいない静かな校庭を歩いていると、いきなり花びらが降ってきた。
「……最近の天気は異常だ」




