その名は狂想曲
「おつかれー」
ミザリアお姉さんが軽く手を振っている。
わたしは手を振り返した。
その瞬間、わたしの背後で大爆発が起こった。
まるで日曜朝のスーパー戦隊でも登場したかのような大爆発。
さっきまでいた山にある横穴も、なんなら山だって、大部分が消し飛んじゃった。
砂ぼこりと灰と煤に咳き込んでいた、ミザリアお姉さんの口端がピクピクと動いてる。
「リーネちゃんさ……なにしたの?」
言われたわたしは真っ黒なフード付きローブのフードを上げて、首をかしげた。
「えっ、言われた通り……ですけど」
「そっか。あたし、山を消滅させてって頼んでたんだね」
遠い目。
いや、わたしもそんなこと頼まれてないよ!?
「あっ、あの、依頼内容は手紙を届けて、でしたよ?」
「……知ってる」
わたしは面頬を外す。手に持った面頬とフード付きローブが、まるで霧みたいに散って背中に集まった。
集まった黒は大剣のカタチになっている。
これだと持ち運んでいても、周りの目を気にしなくていいんだよね。
「あのさ」
と、ミザリアお姉さん。
「これって……わざとやってたり、する?」
「これ?」
どれ?
わたしとミザリアお姉さんが出会ったのは、今から2年前のことだ。
3人のおじさんに襲われていたミザリアお姉さんをわたしが助けて、それからの仲になる。
ちなみに襲っていた3人は町に連れていかれて、今も牢屋に入れられているらしい。
それからミザリアお姉さんは、わたしに一緒に働かないかと提案してきて、わたしは快諾したんだ。
だってさ、他人との関わりを持つ練習がしたかったし、結構報酬が良いんだよね。
ミザリアお姉さんの仕事は単純に言ってしまえば、運び屋というものらしい。
手紙を届けたり、物品を届けたり。
普通の配達員と違うのは、どんな相手にも届けるっていうこと。
「……手紙、届けただけなんだよね?」
指がさされているのは山だった。
今では丘なのか崖なのか、わからないけど。
「はい。えっと──」
わたしは手紙を届けたときのことを思い出した。
手紙を持っていくと、変な模様の入ったローブの人たちが、待ってたとばかりに手紙に集まってきたっけ。
届けた手紙を開封して、代表者がそれを読んで、ふらふらと壁に寄りかかった。
「あっ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。運び屋どの、これは事実なんだね? 受け取ってから、誰かに渡したり、開封して書き加えたりはしてないね?」
「もちろんです!」
大事に保管しながら持ってきたもん。
正確に言えば、大剣のなかに入れてたんだけどね。
「そうか……では報酬を受け取ってくれ」
ローブに金糸で装飾が施されてる、1番偉そうなおじさんが報酬を渡してくれる。
わたしが受け取るのを確認したあと、フードを上げて。
「みんな聞いてくれ、本部からの通達だ。今すぐ……この支部を放棄せよ!」
「な、なぜですか!?」
「軍団長、われらは戦えますぞ」
「ならん。これは、かの御方のご意志であるのだぞ……!」
しぶしぶって感じに他の人たちがうなずいていると、悲鳴が聞こえてきたんだっけ。
「伝令! どうやら賊が侵入してきたようです!」
「おのれ……もう来たというのか。運び屋どのは裏口から逃げてくれ! われらの誇りにかけて、部外者の命くらいは守ってみせる!」
わたしが説明していると、ミザリアお姉さんが首をかしげた。
「えっ、その展開からどうして爆発が起こったの?」
「あの横穴の通路って非常口らしくて、それも隠し通路だから……暗くて」
「まあそうだろうね」
「たいまつを渡されて、まっすぐですって言われたんです」
「うん」
「で、わたし転んじゃって」
「……うん」
「たいまつの火が、床にこぼれてたアブラに引火しちゃって」
「……ああ」
「道案内してくれた人と消したんですけど、今度はその人のローブに燃え移っちゃって」
「……あるある」
「わたし、脱がせたローブを投げたんです」
「あ、それが火薬庫に?」
ミザリアお姉さんはにやりと笑った。
「いえ。ランタンに当たって、倒れたランタンのアブラが燃えながら、火薬庫に流れていきました」
遠い目をしてミザリアお姉さんが空を眺めている。
わたしだって、別にわざとやってないのに……。
「じゃあ依頼人たちは?」
「この山って磁鉄鉱が採れるみたいで、それを操って通路を作りましたから」
「全員無事ってことかー」
「ですね。もうすぐ出て来られるんじゃないかな、と」
山を見てみると、中腹だった辺りから大勢の人が出てくるのが見えた。
ミザリアお姉さんは大きく息を吐く。
「初めての依頼で貴族の豪邸を半壊させ、2度目の依頼で王女誘拐に巻き込まれ、3度目の依頼で最新鋭の飛行船を墜落させただけはあるね。4度目で山を消滅させちゃうかぁー」
「わ、わたしがやったんじゃないです! あれもこれも運が悪かったというか」
「知ってる? この業界で、リーネちゃんに2つ名がついたの」
「えっ」
「狂想曲だってさ」
「カプリ?」
「元々は音楽の用語らしいよ。曰く、単純な依頼をややこしくして、周囲に大損害を与えるやつがいる──その名は狂想曲。他の業者は戦々恐々だよ」
「……」
「でもよかったね、今回の報酬は貰ってるんでしょ?」
わたしはふところから報酬を取り出した。
長方形のペラペラな紙だ。
そこには飛行船ローレンティア号、アクシラ王国行き一等客室、と書かれている。
「へえ、一等客室なんだ」
「ありがたいです」
こうして依頼を無事(?)終えたわたしたちは、故郷であるトトラの町まで帰ることにした。
ミザリアお姉さんと一緒に仕事をするようになって、町から出て、わたしは世界の広さを知ったんだ。
移動は徒歩か馬車が一般的なのに、鉄道網が完備されてたり、帆船が最新鋭の船なのに飛行船が飛んでいたりする。
この世界は、魔法が使える人は剣や刃物を使うのに、鉄砲だとか爆弾なんかもある世界だった。
初めは……というか今でも驚くことばかりなんだけどね。
ようやくアクシラ王国行きのチケットも手に入れたし、来月の受験に挑戦することだってできる。
そう思うと、わたしの胸がどきどきと緊張して。
「あ、あばばばばばばばばばばばばばばば」
「どしたー?」
「合格……できるんでしょうか」
「……面接があったら、無理じゃない?」
わたしの挑戦は前途多難かもしれない。
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