学園祭がはじまった
絶剣さんは用事があるらしくて、街に消えていった。
同じ世代のご同輩、業者の人だし……もう少し話したかったんだけどなぁ。
そのあとはお姉ちゃんと一緒にラビットシュガーに戻って、ミザリアお姉さんに説明した。
お姉さんも怒ってる。
やっぱり代金の未払いはダメだよね。
「ふたりとも怪我はしてない? ごめんね、こんな依頼を渡しちゃって」
「いえいえー。あっわたし怪我してないです」
「わたしもしていないです」
「……依頼人にはきっちりオトシマをつけさせる。今回の報酬は、お詫びとしてあたしが出すよ」
「いえ」
ミザリアお姉さんが財布のがま口を開いたところで、お姉ちゃんが手のひらを向けて首をふりふり。
「報酬は奴らから貰ったので」
「……えっ!?」
ウソ、いつ貰ったの?
わたしが知らないあいだに受け取ってたのかな?
「これです」
お姉ちゃんは懐から水晶を取り出してテーブルの上に置いた。
ごとり。
わたしとミザリアお姉さんは呆然としたあとで視線を泳がす。
「こ、この水晶、お姉ちゃん貰ってたんだ。わたしてっきり何も貰ってないのかなって、ふへへー」
「ま、ままままあ、石なんかを渡して襲いかかってくるような相手は客じゃないもんね、あははー」
「持って帰ったらダメでしたか? 箱に入ってたので袋に入った石と交換してきたんですが」
ミザリアお姉さんが腕を組んだ。
「運び屋は配達物を勝手に見たり、もちろん中身を盗むのもダメ……なんだけど」
テーブルに置いていたグラスを一気にあおって。
グラスから赤いワインが一瞬で消える。
「今回の相手はお客さんじゃなかったし、代金は返して交換しただけだし、セーフセーフ」
いいのかな? いいよね、襲ってきた相手だし。
わたしは水晶を見てみた。
赤色の水晶の中心あたりが光ってる。
「これ、割ったらゴーレムが出るのかな」
「試してみるか?」
「いやいや。お店のなかではしちゃダメだよ?」
ミザリアお姉さんがあわてて手を振る。
お姉ちゃんはこくり。
「しかし、運び屋というのもおもしろいですね。リーネがやっている理解がわかった気がします」
「「えっ」」
わたしとミザリアお姉さんの声がハモった。
おもしろいとこなんてあったかな? この依頼だって失敗だと思うんだけど……。
「もしよければ、わたしにも仕事を回してください」
「「ええーーっ」」
またわたしとミザリアお姉さんの声がハモった。
◇◇◇
翌朝、今日は学園祭がはじまる日ということで、起きたときから学園中が騒がしかった。
他の生徒もみんな起きてるし、楽しげに笑っている。
わたしは寮にある食堂でご飯を食べながら、焼き魚の隣に置いた水晶を眺めて。
むーと唸った。
「どうしたの、その水晶」
寝ぼけ眼をこすっててまだ眠そうなリゼが聞いてくる。
「昨日……なんというか、貰ったんだけど。その、どうしようかなって」
わたしは遠い目をして言う。
「ふうん。綺麗ね」
「うん」
これを割ったらゴーレムが出てくるんですよねーなんて言えない。
お姉ちゃんはいらないって言うし、ミザリアお姉さんはわたしたちのモノだって言うし。
だから貰ったんだけど……。
ハッキリ言って、わたしは使い道に困ってる。
ゴーレム、あんまりいらないし。
売っちゃおうかな。
「ごちそうさまでした」
朝食を食べ終えてリゼやシャル、シャロと一緒に教室に向かうあいだも、むーと水晶を眺めながら歩いていく。
教室に到着して席について、エールッシュ先生がジィーーーとわたしを見ているあいだも。
出席の点呼をとってるあいだも、わたしは水晶を見ていた。
そして。
「まあいいや」
リンゴくらいの大きさだからちょっと邪魔だけど、砂鉄でつくったチェーンをくっつけて首にかける。重い。重すぎることはないけど、邪魔な重さだ。
「では、大講堂に行きましょう。他校の生徒ともトラブルは起こさないように」
エールッシュ先生が言う。
どうやら、もうすぐ学園祭がはじまるらしい。
大講堂に集まったアクシア魔剣士学園の生徒たちは2階や3階にある席から下を見る。
わたしたち1年生も2階に席が用意されていた。(めちゃくちゃ狭いけど)
「来たぞ」
シャルがアホ毛をぴょこぴょこ動かす。
大講堂の扉が開いて、他校の生徒が入ってきた。
「キノン魔剣士学園だ」
誰かが言った。
キノンという国はアクシア王国の隣にある王国で、国土だけでいえばアクシア王国の倍以上ある大国だ。
その生徒たちは優秀そうな人たちばかり。
袖無しマントがカッコいい。
「おお、ラーウッド王立魔剣士学園」
別の学生たちが入ってくる。
ラーウッド王国はアクシアやローレンティアから遠い場所にある国らしい。
毛皮のコートや帽子を着て、なんだか暑そう。
「あ、あれは……」
さっきから学校名を言ってた眼鏡の生徒が身を乗り出して見ている。
灰色の軍服みたいな制服の生徒たちが入ってきた。
あんまり人数はいない。
でも。
「あれ?」
そんな生徒たちの中に、わたしは知っている顔を見つけた。
あやめ色のショートカットをしたカッコいい系の女子だ。
「ベルさんだ」
「ベルさん?」
リゼが首をひねる。
「あれ? あの学校ってヴェルネスト騎士団付属学校かな」
シャロがおどろいたような顔で言った。
ヴェルネスト? わたしはそんな国名は聞いたことないけど……。
わたしたちの声が聞こえたのか、ベルさんがこっちを見て小さく手を振る。
ベルさんとは、パン屋の権利書を取り返す──という依頼で潜入していたお屋敷で偶然に知り合ったんだ。
また会えるとは思わなかったなぁ。
そのあとは学園長のお話を聞いて、そしたら他の学園の学園長のお話が始まって。
わたしは苦手な時間をぼけーっとしながら聞いていた。
開会式が終わると花火の音が聞こえてくる。
学園祭を見て回りたい……とは思ったんだけど、まずは出店部隊の隊長として、からあげを揚げなければ……。
そして。
「あっ……ありがとうございましたぁ」
わたしは蚊の鳴くような声で言った。
揚げるのは簡単だけど、お客さんとの会話ができる気がしない。
アウロ商会の最高級な肉とスパイスによって、素人なわたしでもかなりおいしいモノを作れてるみたいだ。
お客さんは途切れそうにない。
リゼとシャルとシャロも接客や袋詰めをがんばってくれている。
だから、わたしもがんばらないとね!
「あっ……ありがとうございましたぁ」
わたしは目を泳がせながら言った。
無理だ。知らない人となんて目を合わせられないよ。さすがに多すぎるし。
あばばばばばばばばば
「がんばってるね」
口から抜けていく魂をからあげで押し込んで前を見る。
「あっベルさん!」
「やあ、リーネちゃん」
「えっと、その」
「今は忙しいみたいだし、あとで話そう」
涼しげな声とクールな笑顔にわたしはドキッとしつつもなんとか1日目を終えたのだった。
「ちょっと盗み食いしてるでしょ!」
リゼがジィーとわたしを見ている。
わたしは目をそらした。
そしてあとで代金を料金箱にいれたのだった。




