黒剣の秘密
わたしはミレーユ会長たちと一緒に食事をした。
その間、他の生徒たちからの視線が集まる。そりゃもう好奇の目ってやつだ。
コミュ力が若干レベルアップした程度のわたしでは、耐えられるものではなかった……。
食べたものの味がわからない。
もう何を食べたのかすら思い出せない。
一寸先は闇、どころか一瞬前は無だ。
「わたしは誰? あなたは誰?」
「なにを言ってるの? さっさと行くわよ」
リゼに引きずられながらわたしは出店の予定地にたどり着く。
正直、出店なんて言っても、思った以上に何もすることがないんだ。
学園祭の当日ならお客さんもやって来て忙しいかも知れないけど、今は違う。
そもそも貴族の子供が生徒の大半だから、こういう出店や調理っていうのは社会経験の一環としてのモノでしかないらしい。
「学生の出店とは別に、街からもお店が来てるんだよ。行ってみる?」
とはシャロの言葉。
「あっはい」
「ダメだって。あたしらの店のライバルになるんだからな」
とはシャルの言葉。
アホ毛がピーンと立ってる。
「あっはい」
「肉や調味料なんかはアウロ商会の品を融通して貰えるんでしょう? なら負けないわ、高品質だもの」
「あっはい……アウロ商会?」
「ほら、あたしシャル・アウロだろ」
「うん。わたしシャロ・アウロ」
そういえば飛行船でふたりのおばあさん、学園長のミカエラさんと話したときに商人をやっていたとか聞いていたっけ。
ふたりはそのお孫さん。名前を冠してるような商会。つまり……お金持ち?
「ああ、アウロ商会!」
どんなお店なのかは知らないけど。
友達の会話に話を合わせる……ああ、これ陽キャっぽいかも。
「ふへへへ」
「な、なんでニヤニヤしてるんだ?」
「ときどき怖い」
ガーン!?
「……ごめんなさい。もう二度と笑わないので許してください」
「い、いやいや! テンション変わりすぎだろ!」
「大丈夫だよ。これからも笑って!」
「わたしはもう慣れたわ」
なぜかリゼが胸を張っている。
友達ってどう接すればいいのかな。わたしにはわかんないよ。
そんなとき、
「青春だねぇ」
「あれはいじめではないか?」
なんて声が聞こえてきた。
見てみると照明がつけられた柱の上にお姉ちゃんとミレーユ会長が立ってる。
なんであんなところに……。
「いやいや、あれは仲がいいんじゃないのかな」
「そうだろうか」
「そうだよ」
「妹をいじめるようなやつがいれば、斬るんだが」
「妹思いだね。でも刀は納めなよ。生徒会長として、私闘は取り締まることになるからね」
「ほう。……お前にわたしが止められるのか?」
「いつまでもわたしのチカラが同じままだとは思わないでくれ」
「それはこちらも同じだ」
お姉ちゃんとミレーユ会長の魔力がぶつかってバチバチと音を立てる。
わたしたちは唖然としていた。
柱と柱には間隔があるけど、そのちょうどあいだで直下なわたしたちは戦々恐々だ。
「み、みんな逃げなくていいの?」
わたしは震える声で聞いた。
「むしろ見たいわね。師匠と生徒会長の戦いなんて、滅多に見られるものじゃないもの」
「そーだな。……あたしも見たい。剣鬼がどんな剣術を使うのか、知りたかったんだ」
「シャルが見たいなら、わたしも見たい。でも生徒会長は武器を持ってないね」
「あ、ホントだ」
言われてみれば持ってない。
お姉ちゃんはいつでも黒刀を持ってるけど。
「リーネちゃん、剣を借りてもいいかな」
「あっわたしのですか?」
頭上からミレーユ会長の声がする。
というか見てるの気づいてたんだ……。
「キミたち四人の武器を見た感じだと、リーネちゃんの剣が一番わたしの剣に似ているからね」
「やめておけ」
お姉ちゃんが言う。
氷のように冷たい声だった。
「おや、妹の剣を使われるのがイヤなのかな?」
「それもあるが、お前では使いこなせない」
「使いこなせない、か。……剣鬼、わたしの通り名を忘れたのかい?」
「知っているさ。まるで花畑から花を摘むように、どんなモノでも武器にして戦うところから名付けられた──万花のミレーユだろう」
「そう……だというのに、わたしにはあの剣が使えないと?」
「ああ。もう一度だけ言っておく。リーネの剣はやめろ、とくに細い今の状態のときはな」
「細い、か。あの剣は太ったり痩せたりするのかい?」
「そうだ」
ミレーユ会長はクスクスと笑った。
わたしに向けて手を差し出してる。どうしよう、渡したほうがいいのかな。
ちらりとお姉ちゃんを見ると、仕方ないとばかりに顎をクイッと動かして、投げるように言ってる。
わたしは黒剣を上に向かって投げた。
届かなかったから、すこしだけ魔力で動かしてミレーユ会長の手のひらに柄を握らせる。
「妙な感触だね。黒い剣というのはわたしもはじめて──えっ」
まるでゾッとしたようにミレーユ会長の顔が青ざめた。
ちょうど下からは見えないけれど、わたしの黒剣が蜃気楼のように歪んでは元に戻る。
ミレーユ会長がフラついた。
そして。
「あっ!?」
体勢を崩して落下する。
わたしたちはおどろいたけど受け止めようと集まった。
でもそんな行動よりも速く、お姉ちゃんがミレーユ会長にお姫さま抱っこをする。
魔力を使ってるのか、物理法則を無視しているようなふわりふわりとした落下だった。
ようやく地面に着地。ミレーユ会長はあきれたと言わんばかりの顔で。
「まったく……姉妹そろってバケモノか、キミたちは」
「前に言っただろう? わたしよりも妹のほうが才能がある、と。わたしは妹に置いていかれないように必死に努力しているだけだ。ほら」
お姉ちゃんがわたしの黒剣を差し出した。
わたしは黒剣を腰に戻してからミレーユ会長を見る。
「ミレーユさん、ごめんなさい」
「いや……むしろわたしが悪い。わたし程度の魔力では、その剣は扱えそうにないね。感服したよ」
そう言ってミレーユ会長は去っていく。
お姉ちゃんが軽く息を吐いた。
「仕方がないから行ってやる。そこらで倒れられても困るからな」
去っていくふたりを見送って。
でもリゼたちは意味がわからないといった表情だ。
あとでお姉ちゃんに聞いた話だけど。
わたしの黒剣はいつも魔力で固めているからか、わたしの手を離れると触っている他人の魔力まで、スポンジが水を吸収するみたいに吸ってしまうらしい。
ミレーユ会長はそんな黒剣に魔力を吸われ過ぎたみたいで……。
黒大剣状態なら、剣の魔力が充分にあるから触っても大丈夫みたいだったけど……これからは黒剣の扱いには気を付けようとわたしは心に決めた。




