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生徒会長ミレーユさん

 出店自体の準備が終わって、それでも鶏肉に加える調味料が必要だってわかったのが今から30分前のこと。

 今日は帰ることになった。

 でもわたしはすぐに寮には帰らずに、みんなと別れて校舎を回ってみることにした。

 いつもは何もない場所。そこに未完成な飾りがあったり、未完成な看板が置かれていたりする。

 他の出店からも試作品が出来たのか、いい匂いまで。


「ああ、学園祭。いいなぁ……この感じなら普通に過ごせそうだし」


 やたらと大きな運動場にやたらと大きな円形闘技場──コロッセオみたいなのが出来てるけど、きっとあれは幻覚だろう。

 わたしは「ハハハッ」と軽く笑って無視した。

 現実の学園祭なんてのはアニメの学園祭とは違って、陰キャには面白味がないとわたしは思う。

 楽しいのは出店での買い物くらいかも知れない。


「……なんだろう、あれ」


 学園内を歩くことしばらく。

 学園の中庭にあるベンチの横、日陰を作ってる大きな木の下に何かがあるのをわたしは見つけた。

 長方形で金属っぽい。

 近づいてみると見知ったモノだった。


「ロッカー?」


 でもなんでこんなところにロッカーが?


「んぐぐ」


 ロッカーから変な声がした。

 ごとんごとんと左右に揺れている。


「ひえっ」


「んごーんぐぐ、んごー」


 異世界のロッカーは喋るのだろうか?

 それともこれは魔法のロッカーで契約を結ぼうとか、そんなことを言っているのだろうか?

 もしそうだとしてもロッカーと契約するのは嫌すぎるけど。


 ガコンガコンッ


 中から音がした。

 普通であれば、中に何かがいる。まあ普通に考えたら人間が。

 でも怪談的なアレだと怖い。

 アクシラ魔剣士学園七不思議──呪われたロッカー。開けた者は呪われて1週間後に死ぬ。

 なーんてことが絶対にないとは言い切れない。だって魔法がある世界だし。

 ほっといてもいいけど、もし事件性があったら……寝覚めが悪くなるに違いない。うーん。


「あの、人間ですか?」


「んー」


「開けましょうか?」


「んー!」


 語尾に星が見えた気がした。

 よろこびに言葉が弾んでいる感じだ。


「あっその……開けても呪わないでくださいね?」


「んー?」


 がちゃり。

 別に鍵がかかってるとかじゃないみたい。

 何も抵抗なく開いた扉の向こうには、女子生徒がいた。

 顔を真っ赤に染めて目を(うる)ませて、口にボールみたいのを咥えてゾクゾクッみたいな汗ばんだ表情の……。


 ばたり。

 わたしは扉を閉めた。

 あれは見てはいけないものだったのかもしれない。いろんな意味で。

 ロッカーから離れるように一歩、また一歩とわたしは離れていく。後ろでロッカーが開いた音がした。

 なんだ、やっぱり自分で出られるんだ。……むしろ怪談よりヤバいかも知れない。

 わたしは逃げ出した。



 ──で、捕まった。

 ロッカーから出てきた変な女の人は、すばやい身のこなしで宙で2回転くらいしてわたしの目の前に降ってきた。

 これは変質者に違いないと叫び声をあげようとして、捕まって。

 なぜだか今ではふたりで並んでベンチに座って紙パックのジュースを飲んでる。


「展開がおかしいです」


「そうかな」


「はい」


「それは困ったね」


 変質者さんはあまり気にしていない風に笑う。

 ちょうど今日の学園祭の準備を終えたのか、女子生徒たちが中庭を歩いてきた。

 こっちを見てる。

 わたしはさっと視線を落とした。あれは先輩だ。さすがに先輩たちにはまだ視線なんて合わせられないよ。


「生徒会長、どこに行ってたんですか? 探してたんですよー」


「いやあ、ちょっとした野暮用でね」


 あははー。

 変質者……というか生徒会長はやっぱりあまり気にしていない風に笑った。

 先輩たちと少し話して、先輩たちが用件を伝え終わって挨拶をして去っていく。

 わたしは陰キャ生活でつちかってきたパッシプスキル、ステルス能力でたぶん存在していたことすら認識されていないと思う。(涙)


「というか、その、生徒会長さんなんですか? 本当に?」


 見た目だけならまじめそうで綺麗な人だけど。

 さっきの姿を見ていたら……ねえ。


「うん。わたしはアクシラ魔剣士学園生徒会長、ミレーユだよ」


 手のひらが差し出されたのでわたしは握手する。

 1回、2回、3回。軽く上下に動いたふたつの手のひらだけど、外れない。というか掴んだ手を離してくれない。


「……あっあの、さっきのことは見てないです。記憶から抹消しましたから、その」

 

「いや、そう言ってホントは脅してくるんだろう?」


「脅す? 生徒会長はロッカーに入ってただけじゃ……」


「そう。確かにそうだけど、変態っぽいじゃないか」


「まあ」


 そうだとわたしも思うけどさ。


「あっいや、でも何か理由があって入ってたんですよね? 掃除してて閉じ込められたとか」


「ううん。自分で入ってただけ」


「うわぁ……」


「これには深いワケがあるんだ。3時間くらいかかるけど聞いてくれ。あの日は暑い日だった──」


「あっすいません、帰りたいです。両親が倒れたって今さっき連絡があって」


「なに!? じゃあわたしの家が所有している飛行船を貸してあげるから今すぐ行こう。道中、話してあげる」


「あっいや、そういえば間違いだって……言われてました。両親は健在です……」


「そう? なら話を再開しよう」


「リーネ、なにしてるんだ?」


 そんな深いワケなんて興味がなかったわたしが両親を犠牲にしようとしていたところで、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 見るとガラス扉を開けてお姉ちゃんが入ってきているところだった。


「お姉ちゃん!」


「お姉ちゃん!」


「ミレーユ、お前の姉になどなったつもりはない」


「そうなのか?」


「そうだろうが」


「そうか。それよりキミがリーネ・トトラなんだね。お姉さんから話は聞いているよ」


「あっはい。もしかしてお姉ちゃんのお友達……」


 お姉ちゃんがイヤそうな顔をした。あんな表情は妹のメリルがオオサンショウウオみたいな生物を持って帰ってきて、飼うんだって言ってたとき以来だ。


「じゃないみたいですね」


「そう。友達ではない」


「ははっ、おもしろい姉妹だね」


 ミレーユ生徒会長はそよ風みたいに涼しげな顔で笑う。

 さっきの奇行を見ていなければ、あこがれそうな美人な先輩なのに……。


「しかしちょうどいいな。さっきの話の続きだが、キミのお姉さんに今年の入学式が始まる直前にロッカーに閉じ込められてね」


「あっはい」


 そういえばお姉ちゃんそれで謹慎してたんだっけ。


「狭くて暗いロッカーのなかで、わたしはこう考えた。このまま見つからなかったらどうしよう。もし最初に開けた人がいやらしい人だったらどうしよう。わたしはおどされてしまうのではないか……こんな恥をさらしては家名に傷がつくだろう?」


「あっはあ……」


「わたしは嫌々、相手の要求を飲むしかない。どんな要求でも……そう考えているとムラムラ? いやドキドキ? してきてね」


「うわぁ」


「あの感覚が忘れられず、またロッカーに入っていたんだ」


「リーネ、ヤバいやつだから帰ろう。変態がうつる」


「うん」


 わたしとお姉ちゃんは生徒会長を無視して帰ることにした。

 生徒会長はロッカーを軽々と背負って隣を歩いてる。なにこれェ……。

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