普通のからあげ
午後からの学園祭準備がはじまる前に、今日はひとつの授業があった。
それはわたしが苦手としている授業、剣術だ。
いや、まあ勉強全般が苦手なんだけどね……。
「ローレンティアでは型通りの動きでよかったかも知れないが、ここはアクシラ王国だよ? おぼえてきた型を忘れろとは言わないけれど、型に支配されてはいけない」
そう言ったのはアクシラ魔剣士学園で剣術の先生をやっている、ゲイル先生。
モデルとか俳優でもやっていそうな顔に引き締まった身体のさわやかな笑顔が似合うイケメンの先生だ。当然、女子生徒に人気がある。
わたしのクラス1年赤組は18人の生徒がいるんだけど、その大半が女子生徒。
そうなるとやっぱりそうなるわけで。
授業がはじまってからしばらく経つのに、キャーキャーという黄色の声援が飛び交っている。
「はいぃ」
かくいうわたしも、最初は「おお、イケメンだ」とか思ったりしたわけですが。
「言ったそばからローレンティア剣術の型をしている! 走り込みをしていなさい!」
「はいぃ……」
わたしは振っていた黒剣を腰に戻す。
なんだかこの先生、わたしだけにきびしくない? きびしくないのかな。
小運動場の外周を走りながらみんなの様子を見る。リゼがちらりとこっちを見て、シャルとシャロがわたしに手を振った。
目の前にようやく白線が見える。
ご、ゴール……。
「よし、走り終わったようだね。では二人一組での戦闘訓練をはじめよう」
「ふぁ!?」
「なにか言いたいことでも?」
「い、いえ」
やっぱりわたしにだけきびしい。確信。
わたし、なにかしたのかな。それともそんなにダメダメなのかな……。
「ではリーネとはわたしが」
「いえ、ここではアクシラ流の剣術を教えているのです。同じローレンティア流を使うリーゼリア姫はご遠慮を願いたい。シャロ、キミがやりなさい」
「へっあたし? んー、おっけー」
こうしてわたしはシャロと一対一で戦うことになった。
ゲイル先生はほとんどの女子生徒を背後に従えながら、一房だけ長い金色の髪を指でくるくるくるくる、と。
いつもだったら一斉にみんなで軽く試合をするだけなのに、今日はどうしてだかわたしとシャロの試合を他のみんなが見学するみたい。
「先生、ルールは?」
シャロが聞く。
「いつも通りだよ。武器に魔力を込めることは禁止、自身の肉体へは許可。──さあ、はじめ!」
◇◇◇
剣術の授業が終わってお昼ご飯を食べたあと。
1年赤組の生徒たちは教室に集まっていた。
準備期間の初日ということもあるんだろうけど、半数くらいのクラスメイトが教室に残っている。
学生ではあっても貴族の人が多いからこそ、忙しい人もいて。
だから今日、用事がない人がこの人数らしい。
「さて、誰が指揮する?」
デュランツが言った。
「順当に立場でいくなら」
「だよね」
「王子でしょ」
他のクラスメイトたちの視線がゼオに集まる。
一方のゼオは手をぴらぴらと振っていた。やりたくないみたい。
「じゃあ」
多くの視線がリゼに集まった。
「わたしは王女ではあるけれど、ローレンティアの王女よ? みんな知ってるでしょ」
みんなの視線がお前かお前か、って順番に集まっていく。
わたしにもやって来た。あばばばば。
サッと視線が隣に行く。あれ?
さすがに唇を震わせて目を泳がせているようなわたしに進行役なんて無理だよね。
「ふっ、あたしか。あたしがやるしかないわけだな!」
シャルがアホ毛をぴょこんぴょこんと動かしながら席から立ち上がった。
「やろーども! あたしについてこい!! あーはっはっはっはー」
胸を張り背中をそらせて高笑いするシャルに、クラスメイトのみんなは困惑した表情を向けた。
「不安ね」
リゼが言う。
「不安だな」
ゼオがぼそりと言って。
「シャルかっこいい」
シャロが目を輝かせた。
わたしは……正直、わたしが選ばれなくてホッとしてるくらいだから、そんなこと言えないよ。
それでもまあ若干の不安はわたしにもあったんだけど。
シャルはいつもの天真爛漫な雰囲気のまま、完璧な進行をこなしていった。
「1年生の役目はクラスごとに出店をしたり、学園祭の会場を設営する手伝いをすることなんだけど……このなかに料理を作れる人っている?」
シーン。
教室は静まり返ってる。
えっ? 誰もいないの!?
「貴族の子供だし」
シャルが言う。
「あっそうか」
わたしは納得した。
お姫さまや王子さまのような存在は当然料理なんてしないだろう。
「まだクラスとして発表できそうなこともないしなー。やっぱり出店か」
シャルが腕を組んだ。
うーんうーんと考えてる。その様子を見ながらみんながあわてたような声を出して。
「俺は会場設営の手伝いをする」
「私も」
みんな、そんなに料理するのが嫌なのかな?
「リーネって料理とかできる?」
「えっ、あっうん。簡単なモノなら」
「じゃあリーネが出店部隊の隊長ね!」
「あっ……えっ?」
えっ?
こうしてわたしは出店部隊の隊長になった。
校庭に用意されている骨組みを持ってきて組み立てて、お祭りの市みたいな出店を作った。
わたしとしてはからあげやたこ焼きなんていいかも知れないとか、もしくはラーメンでも作っちゃおうかなんて思ったんだけど、材料すら用意されてたみたい。
味付けされた鶏肉を揚げるだけ。
みんなこの程度を嫌がっていたのか……。
「えーっと、これで終わり……でいいのかな?」
わたしが言うと、シャロがこくりとうなずく。
「うん。あとは当日に料理を作るだけだね」
「実際に揚げてみようぜ」
「売り物でしょう?」
「売り物だからこそ、お客にまずいのなんて売れないじゃん!」
「じゃん! って言われても」
あきれた表情のリゼとがるるると唸りそうなシャルがこっちを見る。
わたしは魔石に魔力を込めてみた。
魔石コンロと呼ばれるモノが淡い炎を出して、油の入った鍋を熱していく。
「きゃっ」
熱された油に鶏肉をいれると、その音にリゼがおどろいて後ずさった。
顔をほんのりと赤くしてハンカチで口元を押さえてる。
動揺を隠そうとしてるみたいだ。
「おやおや」
「おやおや」
シャルとシャロがにたにたと笑いながらリゼを眺めた。
リゼは顔を赤くしてそっぽを向いてる。
そうこうしていると鶏肉が揚がった。
みんなに配って、同時に頬張ったんだけど……。
「あっ普通だね」
「普通ね」
「普通だな」
「普通」
出来上がったのは普通のからあげだった。




