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わたしって結構強いらしい

 ふざけんな!

 心のなか──だけではなく、実際にあたしはそう言っていたと思う。

 3人の手練(てだ)れに追いかけられ始めてから、すでに5日。

 睡眠どころか食事すらまともに出来ていない。

 きっと目の下にはひどい(くま)が出来ているはずだ。


 ちらりと後ろを見る。

 だいたい20メートルくらい後ろを離れずにくっついてくるやつら(・・・)の様子は、カモのヒナが待って~、と親鳥を追いかけているように……感じない!

 あいつらはむさ苦しいおっさんだ。


 夜になってから山や森に入って、ようやく逃げきれたと思ったら、昼には追いかけてきている。そんな日々が続いていた。

 あいつらもプロだ。

 追跡技術は相当なものだし、持久力や戦闘技術も並みのものではないはず。

 じゃあどうして追いかけてるだけなのか。


「あたしも……さんざん考えたけどさ、疲れるのを待ってるんでしょ? それか、女の子を追いかけるのが趣味の、変態なの?」


「ふん。ミザリア、どこに女の子がいるっていうんだ」


 お互いに走りながら話す。あたしはまだ10代なんだから、女の子でいいじゃん。

 でも相手の言葉が返って来たとき、言葉だけじゃなくナイフも飛んできていた。


「──っ」


 あたしは回し蹴りでナイフを(はじ)くと同時に、足に魔力を込める。

 高速回転するナイフは、先頭を走っていた坊主頭の胸に向かっていった。

 でも、


「ほう……なかなか魔力が残っているらしい。貴殿ら、油断するなよ」


 口ではそう言っても、坊主頭はただ浮かんでいただけと言わんばかりに、平然とナイフを掴んでいる。

 そして隣の長髪に渡す。

 なるほど。ナイフを投げてきたのは、あいつか。


「さっきの、結構マジ……だったんだけどな」


 あたしは小声で言った。

 後ろには聞こえていないだろう。

 でも逃げ切れないってのは理解した。


 あの3人、坊主頭はあたしよりも強い。長髪と茶髪だけなら、あたしだけでも倒せる実力のはず。

 このまま走っても逃げ切れないし、普通に戦えば勝てない。

 だから森の奥に逃げた。

 いや、逃げるためだけではなく、(むか)()つためだ。

 そうしてしばらく森を走っていると昼過ぎくらいになっていた。


 迎え撃ちたかったのに、囲まれた。

 森のなかで、変な場所に出たせいだ。

 大きな切り株がたくさん見えるから、以前はたくさんの大樹があったはずの場所。

 でも、それをどうしてV字に伐採なんてしたんだろう。

 まるで濁流のなかに、大岩を沈めて流れのほうが避けたような……奇妙に残っている木々が見える。 


「いい加減、あきらめたらどうだ?」


 茶髪が言った。


「は? 黙って殺されろって?」


「お前が運んでいる手紙を渡せば、黙って帰るさ。命までは取らない」


「そんなことしたら依頼主に恨まれて、同じ結果になりそうだけどね」


「お前なら逃げられるかも知れないだろ。ローレンティアなんてクソ田舎で、追いかけっこするとは思わなかったぜ」


「だな。もう身体を動かすだけでもツラいだろう。手紙を奪われるという結果が同じなら……その過程で苦しむ必要があるのか?」


 坊主頭も賛同するように言う。

 少し首を振って、残念だといわんばかり。


「抵抗するな」


 長髪がナイフを投げてきた。

 あたしは剣で弾く。

 ギンッ、と音がして、剣が真ん中あたりから折れてしまった。

 立ち止まっても追撃は来ない。3人はこちらを見ているだけだ。


「ここまで、か」


 あたしは膝をつく。そんなときだった。


「あっ、あの……なにしてるんですか?」



◇◇◇



「あっ、あの……なにしてるんですか?」


 森を進んでいくと、なんか変な人たちがいた。

 すごく疲れてそうな、赤みがかった黒髪の女の人が、くずれた正座みたいな格好でこっちを見ている。

 その周りに3人のおじさん。

 森のなか……武器を持ってる……犯罪!?


「あ、ああああ、わわわわわ」


「おねえちゃん?」


 わたしはメリルの声で我に帰った。

 服のそでを引っ張ってくるメリルの瞳は、心配そうだ。


「っ……メリル、ひとりで家まで帰れるよね? お父さんを呼んできて、変質者がいるからって、お願い」


「お、おねえちゃんはどうするの?」


「お父さんが来るまで、時間を稼ぐ! いや、その……稼げたら……いいなぁ的な」


 メリルはぽかんとしてたけど、こくこくとうなずいて家の方向に走っていった。

 腰の剣に手を伸ばす。

 かたかたと震えて鞘から剣が抜けない。


「……ねえ、その子までやる必要はないよね。見逃してやってよ、あたしらプロでしょ?」


 お姉さんが言った。

 坊主のおじさんは悩んでるようだけど、ロン毛のおじさんは「別にかまわない」って。


「ほら、あたしは大丈夫だから帰りな」


 お姉さんがなんとか作ったって笑顔を見せてくる。

 なにがなんだかわからないけど、このまま帰れないって!


「娘、剣を差してるってことは貴族なんだろ? お前の父親は騎士か?」


 3人目の、茶髪のおじさんが声をかけてきた。


「あっ、その、はい」


「ふうん」


 茶髪のおじさんが一気に近づいてくる。

 剣を抜いてて、切っ先がわたしを向いていた。

 おじさんの背後で、お姉さんや他のおじさんたちが唖然(あぜん)とした表情でこっちを見て──って、このままじゃ、わたし刺されちゃう!?



◇◇◇



「ぎゃん」


 と、まるで犬みたいな声を出して、茶髪の男が吹っ飛んだ。

 それも横向きに。意味がわからなかった。


「なにあれ、腕……?」


 女の子の前に、まるで巨人の腕や拳とすら呼べそうなモノが浮かんでいる。

 真っ黒な腕だ。

 茶髪は、あれにぶん殴られたのか。


「あっ、ご、ごめっなさっ」


 あわあわと口を震わせ、白髪の女の子は目に見えてうろたえていた。

 それはこちらも同じだった。

 あんなものは今まで、見たことも聞いたこともない。

 後方からごくりと喉が鳴るのが聞こえる。


 一方で女の子の前にあった腕が、まるで煙のように霧散(むさん)していく。

 魔法であるならば──魔法に決まっているが、解除するのはまずい。


「逃げて!」


 ぽかんとしている女の子の前にナイフが飛翔する。

 魔法で肩や腕を強化して投擲(とうてき)されている以上、それは弾丸よりも速い。

 ナイフが女の子の胸に吸い込まれていく。

 あたしは視線をそらした。


「……そんな、巻き込んで、ごめんなさい」


 あたしが唇を噛んで再度視線を向けると、女の子はびっくりしたような格好でのけぞっている。生きている。それも無傷で!?

 ナイフは宙に固定されてしまったかのように浮かんでいた。


「どう……なってる」


「ありえん」


 長髪と坊主頭もうろたえている。

 この意味がわからない状況。それでも、そこにあたしは活路を見た。


「その坊主をぶっ飛ばして、お願い!」


 白髪の女の子が言うことを聞いてくれるのか、わからない。

 でも、あたしはそれを信じて、振り返らずに長髪の男へと突き進む。


「はああああああああああああっ!!」


 迎撃の動作が遅れたせいか、遅いナイフが飛んでくる。

 折れた剣でなんとか弾くと、拳を突き出した。


「ぐはっ」


 みぞおちを押さえながら、長髪の男がうめいて倒れる。

 坊主頭からの攻撃は来なかった。

 振り返ると、無数の黒い剣が坊主頭の周辺で浮いていた。切っ先を向けられてひきつった顔だ。うわ、なにあれ……。

 そりゃ坊主頭も青い顔で両手をあげるよね。


「だ、大丈夫……ですか?」


「うん。助かったよ、本当に……いやさ、君、なかなか強いね。なに今の、魔法?」


 軽く言ってみると、白髪の女の子は照れたみたいに真っ赤な顔でもじもじする。


「まっ、魔力量には自信があって。でもこの世界の魔力や魔法は身体から離れると効果が減退するじゃないですか、それって手のひらに大きな炎を作っても、放つとロウソクの火になるくらいなんですよ。だからわたしはなにかを作るんじゃなくて利用してみようかなって。えへへ。この森って良質の砂鉄が採れるんですよね、だったら魔法で砂鉄を作ってもコスパ悪いじゃないですか、だから砂鉄を集めて操るような感じの魔法を使ってみようかなって。ひとつひとつが小さくて軽いし磁性を強化することで連動させて動かしたりもできて、あっ、町の人はわたしが土を集めてる変人だって思ってるかもしれません。でもこの魔法を見たら、きっとすごいって褒めてくれるんじゃないかなとか思っちゃって──」


「うわ、めっちゃ喋るね」


 めっちゃ喋るし、めっちゃ早口だった。

 ほとんど意味がわからなかったけれど、今でも彼女の周囲でふわふわと浮いてる黒い(もや)の正体が砂鉄、であることは理解できた。

 いや、どうしてそんなものを操れるのかすらわからないんだけど。


 白髪の女の子は、青白い顔をさらに青白くさせて泣きそうな顔になっている。


「……すいません。あの、家族以外と話したの久しぶりで……」


「そうなんだ……えっと、あたしミザリア。あなたは?」


「あっ、わたしはリーネ・トトラでしっ」


 舌を噛んだらしい。

 リーネの顔が、痛さと羞恥で真っ赤になっていく。


「はははっ」


 笑っていると、この5日間の疲れがどっと押し寄せてきたのを感じた。

 遠くから「こっちだよー」という女の子の声が聞こえる。もうひとりいた、小さな女の子が親を呼んできたのだろう。

 あたしは大きく息を吐いて、地面に大の字になった。

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