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ベスト盆踊り賞

「こちらが荷物になります!」


「ありがとう」


 優しそうなご婦人にわたしは荷物を渡す。ご婦人は優しげに笑った。

 ここは、アクシラ王国の首都から列車で3時間の場所にある農村の宿屋。

 狂想曲としてのお仕事で、小包こづつみを届けに来たんだ。


「でもうわさの狂想曲がこんな……いえ、失礼」


「よく言われるので~」


 わたしは代金の入った小さな袋を受け取って、ぺこぺこしながら宿屋を出る。

 ふう。仕事が終わった──と、外に出てから伸びをして。


『おつかれー』


 イヤリングから声が聞こえた。

 ミザリアお姉さんの声だ。


『そっちはどんな感じ?』


「あ、はい! 相手の人も、人の良さそうなお姉さんで安心しました!」


『そう? でもあの女ってそこら一帯を仕切ってるマフィアだよ。村だって、本当は村じゃなくて偽装された砦だし』


「ファ!?」


 わたしは周りをキョロキョロと見てみる。

 ワラの束を持っているおじさんがいる。どこをどう見ても、そこらにいるおじさんだ。

 トトラ村にいる農家のおじさんと重なって見えた。


「うーん。でも、どう見ても普通ですよ」


 やたらと目つきが鋭いお姉さんや腕に刺青が見えてるお兄さんやキセルを吹かしてる眼帯のおばあさん。

 普通じゃない? 普通じゃないかも? 言われてみれば、だけどさ。


「おい、狂想曲さんにハジキなんて効くわけがないだろ」


 眼帯のおばあさんが言った。


「へい。……申しわけありません」


 おじさんがワラ束ごと、なんか筒状の金属を扉のなかに放り投げる。

 わたしは何も見てない。わたしは何も見てない。


「そりゃねえ」


 後ろの扉から、荷物を届けたご婦人が顔を出す。


「空を飛び、山を砕く。戦艦クラスの飛行船を落としてアクシラの魔剣士数百人を叩きのめした稀代の剣豪。それが狂想曲さんなのよ?」


 おじさんがゾッとしたような顔でわたしに頭を下げた。

 わたしだってゾッとした顔だけどね! フードと面頬で見えてないだろうけど!

 なんでこんなにも話に尾ひれがついているんだろう。


「ちなみにわたしのうわさって……誰から聞いたんですか?」


「情報屋からも聞いたけど、みんな知ってるんじゃない? 裏の世界じゃ知らないやつはモグリだよ」


「俺は狼という業者から聞いたな」


「わたしゃヴォルグの旦那から聞いたよ」


 あの人たちが犯人かぁ……。


「えっと、では今度こそわたしは帰ります。それでは」


 ぺこぺこと頭をお互いに下げて、後ろにじりじりと下がる。距離が空いたのでわたしは一気に駆け出した。

 早く帰らないと寮の門限に遅れちゃう!



 村から離れて、町に向かって空を飛ぶ。

 さすがに見られてしまうと騒ぎになるってわかってきたので郊外に降りた。

 ちょうど小雨も降ってきたので急いで駅に入るとミザリアお姉さんが待っている。


「お姉さん!」


「あらためて、おつかれさま。首尾はどう?」


「はい、問題なしです! それよりわたし、なんだか有名になってます……」


「あはは。そりゃねー」


 お姉さんがころころ笑っていると、取り入れている水を熱い魔石で蒸発させているタービン音が辺りに響いた。

 列車が駅に到着するみたい。

 線路の先を見るまでもなくて、すぐに黒い重厚な車体が見えてきた。

 ちょうどわたしたちの前に、扉が見えるかたちで停車する。


「さて、帰ろうか」


 わたしたちは列車に乗り込んだ。

 向かい合うように席に座る。他の乗客はあまりいないみたい。

 荷物というか黒剣は座席に立て掛けた。


「実際のところ、今のリーネちゃんはアクシラでも5本の指に入るくらい、有名な業者だよ。プロアマ問わず、ね」


「マジですか」


「うん。マジです」


 お姉さんはそう言いながら車内販売をしていた人を呼び止めて、パンや飲み物を買ってくれた。

 わたしはパンにかじりつく。

 列車の発車を知らせる警笛が鳴ってわずかな振動が車両を呑み込んで。

 わたしはパンを飲み込んだ。ぐふっ、パンが喉に詰まる。

 ゴリラみたいに胸を叩いてボトルの水をがぶがぶ飲んだ。


「だ、大丈夫?」


「うう……有名になると狙われそうでイヤだなぁ~。わたしの平和な日常がぁ、陽キャ学園生活がぁ~~~」


「そこは大丈夫だよ。リーネちゃんが実行役であたしが裏方だもん。裏方として、あたしがそういう情報は事前に仕入れておくから」


「ちなみにわたしを狙ってきそうな人はどのくらい……というか、います?」


「若手と古参は、ほぼほぼ全員が狂想曲を狙ってるらしいよ」


「なんでェ!?」


「若手は若手最強とも呼ばれる狂想曲を。古参はイキのいい若手の実力を。そういうのを知りたいんじゃないかな」


「やっぱりダメじゃないですか! 終わった! やっぱりわたしの学園生活が終わった!!」


「いやいや、あたしたちの仕事って商売じゃん。みんな、お金にもならないのに他の業者を襲わないよ。安心して」


「ほっ」


「ただ、依頼人に敵対してる組織とかの依頼を受けて戦おうとするやつってのは、いるかもだけど」


「やっぱりダメだった!?」


 お姉さんは酒瓶を口許(くちもと)に持っていってぐびぐびと飲んでいく。


「狼、金剛無敵、陽炎。どいつもこいつも裏の世界じゃあ名の知られた存在だったからねぇ」


「今度だれかと戦うときに、わざと負けようかな……」


「リーネちゃん。そんなことしてプライドが傷つかない?」


「全然まったく1ミリも傷つきません」


「ふふっ」


 お姉さんは少しだけ笑うと頬杖をついて窓の外を見る。

 流れていく緑色の多い景色と時おり見える蒸気の煙が青空と合わさって綺麗な光景だった。


「あたしがリーネちゃんくらい強かったら、向かってくる相手はちぎっては投げちぎっては投げ……最強を目指すけどなあ」


「最強なんて、わたしじゃ無理ですって」


 わたしとお姉さんがそんな話をしていると別の話声が聞こえてきた。

 別の座席。たぶん、後ろのほうから。


「ねえ、今年の最強の魔剣士って誰だと思う?」


 もしかしてわたしたちの話を聞いていたのかとも思ったけど。

 どうやら違うみたいだ。


「最強? 世界で一番って意味なら……」


「違う違う。最強の学生(・・)だよ」


「ああ、もうそろそろあるもんね。学園祭が!」


 そんな話が聞こえていたけれど……学園祭?

 お姉さんにも他の乗客の声が聞こえているのか、その単語にうれしそうな笑顔を見せて。


「懐かしいなあ、学園祭」


「はあ……」


「もしかして不安?」


 お姉さんはなぜだか驚いたような表情だ。


「あっその不安、ですね。中学生の……いえ、以前にも学園祭というか文化祭をやったことがあるんですけど、みんなで何かをやるのって失敗したときに目立つじゃないですか。それが……トラウマで」


「えっ。ローレンティアにもそういうお祭りあったんだ」


「ローレンティアというかなんというか」


「順位はどんなだった? やっぱり一番?」


「……はい? あの、わたしのクラスはたこ焼きを作りました」


「……たこ焼き?」


「丸くておいしいやつです」


 お姉さんが胸の前で腕を組む。首をかしげて天井辺りを見てるみたい。

 わたしは文化祭のことを思い出していた。

 クラスの出し物でたこ焼きを作って、いろいろあって、わたしは踊ったんだ。

 無数の視線。

 真っ赤に染まる中学生のわたし。


「あ、あわわわわ……ベスト盆踊り賞をもらったトラウマが……」


 なんだか話が噛み合わないまま、わたしとお姉さんは3時間ほど揺られながらアクシラ王国の首都であるリアに戻ってきたのだった。

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