忍者軍団ですか?
お姉ちゃんと牙さんの戦いにわたしは息をのむ。
攻撃をしたり避けたりっていう普通の戦闘だったけど、見ていて参考になる動きばかりだった。
他のプロの業者の人たちも一挙一動を見守っていたくらいに、目を奪われるような綺麗な戦い。
お姉ちゃん……去年よりも、もっともっと強くなってる。
「ふむ。どうだ?」
「……降参だ」
黒刀の刃を首筋に当てられた、牙さんが剣を落とす。
「そうか」
お姉ちゃんはそのまま進んでいってリゼに近づいていく。
裏の住人だって、あんな戦いを見せられたら戦おうなんて思わないはず!
リゼの目はキラキラしてる。
ふふん、わたしのお姉ちゃんはかっこいいよね~!
「ん?」
お姉ちゃんが動きを止めた。
中庭の奥からメイド服の女の子がとてとて、と走ってきたみたい。
おろおろとした黒い瞳が、わたしのいる場所からでも見えた。
「助けてください! わたしも捕まってたのっ!」
とても長い灰色の髪を床にこすらせながら、女の子が走って。
「あいつは──」
リゼが叫ぶ。
女の子はお姉ちゃんに抱きつこうとした。
でも。
ガギィッ
奇妙な音が響く。
音は女の子の腕から聞こえていた。
腕に、黒刀が振りおろされてる!?
「えっ」
わたしの口からもリゼの口からも。
なんなら他の業者の人たちの口からも。
同じ声が、無意識のうちに出ていた。
「あらあら、どうして気づいたのかしらねぇ」
灰色の長い髪を揺らして、メイド服の女の子が笑う。
三日月みたいにつりあがった唇がここからでも見えた。
「わたくし……殺気が漏れてたかしらねぇ」
聞いててゾワゾワするような声だ。
あの子、普通の女の子じゃないの?
「殺気などまったく感じなかったぞ」
お姉ちゃんは平然と言う。
「じゃあ動きでわかったの? わたくしが攻撃するって」
「いや」
お姉ちゃんはわずかに首をかしげる。
「急に近寄ってくるようなやつが嫌いなだけだ」
「くくっ」
灰色の長い髪を尻尾みたいに動かしながら、女の子(?)はバックステップで下がった。
牙さんが女の子に近づいてひざまずく。
「お館さま。申し訳ありません」
「いえいえ、これは仕方がないですよ。ご同輩がしゃしゃり出てくるのはめずらしくないですけれどもね。こんなに優秀な若者というのは、めずらしい」
女の子はメイド服を手で破いた。
服の下には、黒いタイツのようなもの。
そんな小さな身体が、どんどん大きくなっていく。
リゼよりも、お姉ちゃんよりも、牙さんよりも。
「なんだ、おまえは」
お姉ちゃんがいぶかしんだような声で言う。
女の子は、というか女の子だった人は、牙さんが見上げるくらいの身長になっていた。でも細さはあまり変わってない。
なんだか不自然なほどに細長い気が……。
「わたくしは陽炎。いつもは忍者をやっていますが、今日は拐い屋の真似事をしてみました」
「サライヤ?」
響きが違うってば。
「げっ」
「陽炎、はじめて見たな」
「あいつ巻き添え出すから嫌いだわ」
「前に見た姿と違う気が……」
「逃げるか?」
他の業者さんたちは知ってるみたい。
お姉さんに連絡できれば、聞けるのに!
「うふふ、いつもは忍者らしく暗殺や諜報活動などをたしなんでいるのですけれどね。お姫さまを見かけたからと拐ってみたのですが、やっぱり普段と違うことをするのは、上手くいかないものですねぇ。いちおう、ということで雇った者たちは……ほとんど使い物にならないですし」
他の業者さんたちが文句を言ってる。
「で? サライヤは何がしたくてリーゼリア姫を拐ったんだ?」
「……はい? あなたはなにを言っているの?」
「ふむ。意味がわからない」
「こちらのセリフです」
陽炎さんはくすりと笑う。
牙さんから渡された忍者装束をあっという間に着て、帯をぎゅっと縛った。
「着替えるのを待ってくれるとは思わなかったわねぇ」
「正直に言って、正々堂々戦ってみたい相手だからな。……リーゼリア姫、下がっていてください」
リゼがうなずいて中庭の端に動いていく。
他の業者さんたちも同じだった。
お姉ちゃんと陽炎さんが武器を構える。陽炎さんは忍者刀を使うらしい。
「ああ、忘れるところだった」
お姉ちゃんが構えを解いた。
「なにかしら?」
「気にするな」
そう言ってお姉ちゃんはスカートのポケットをがさごそ。
なにかを掴んだまま手を振り抜いて。
パリィン
わたしの頭上をなにかが通っていった。
ガラスが降ってくる。あわわわわ。
「覗き見していたのが気にさわったの?」
陽炎さんが言う。
「いや、そういうわけじゃない」
わたしはフードにかかったガラスを払い落としたあと、お姉ちゃんがこっちに飛ばしたモノに気づいた。
それは見慣れたかたちのイヤリングだ。
あれ……お姉ちゃん、わたしが見てたの知ってたの!?
【アデル】
今日は、忙しい1日だった。
妹に会って、別れてからは……動いてばかりだ。
パトリシアにもう一度謝罪し、関係各所に謝罪し、不意討ちしてきた2年生を返り討ちにした。
そうして空が暗くなってから自由になったわたしは妹に会いに行くことにした。
だが。
寮がさわがしい。
話を聞いてみると、1年生ふたりがまだ帰ってきていないのだとか。
入学してから1ヶ月も経っていない。
学生、つまり子どもなのだからハメを外したいことだってあるだろう。
そもそも門限までに戻らない学生など、めずらしくもないはずだ。
しかしさわがしい。
話を聞いてみて、理由がわかった。
戻ってきていないのはローレンティアの王女である、リーゼリア姫と──。
「リーネ、どこだーっ?」
わたしは学園から出て、ふたりが行きそうな場所を走り回った。
民家の屋根を走り、時計塔の上から街を眺める。
これでも見つからない。
唇を噛んで周囲に目を凝らす。そうしていると、知っている顔が見えた。
うちに居候している人で、リーネの友達だ。
「ミザリアさん」
「うわっ! アデルちゃん!? えっどこから来たの!?」
「時計塔のてっぺんからです。それより、妹を見ませんでしたか?」
「見てない。……ちょちょちょ! 待って待って。わたしも探してるんだ」
「ミザリアさんも?」
「さっき、この魔法具から声がして」
ミザリアさんの話では、このイヤリング型の魔法具は離れた場所にいる相手と会話ができるというモノらしい。
そしてこの魔法具から『お姉さん。リゼとわたし、さらわれちゃってます』という声が聞こえたのだとか。
今は呼びかけても返事がない、と。
「正確な場所まではわからないけど、イヤリングがある方向と距離が多少はわかるの。……アデルちゃん、わたしよりも速いし、先に行って欲しい。リーネちゃんを助けてあげて!」
わたしはこくりとうなずいた。
「あとこれあげる。それをつけて。場所を伝えるから」
リーネのモノと同じモノらしいイヤリングを受けとると、自分の耳につける。
本当にイヤリングから声が聞こえた。
「任せたよ!」
「はい!」
わたしは奥歯を噛む。
犯人がどんなやつかはわからないが、よくも妹を拐ったな……っ!
黒刀の柄を無意識に握りしめ、こちらも無意識だったが殺気も出ていたようだ。
「犯人……ゆるさない」
引きつったような顔のミザリアさんが、わたしの背中に手を振った。
 




