月明かりと狂想曲
扉がバァンと開く。
わたしがびくっとしつつ唖然としていると、仮面の女の人と顔にペイントしている男の人が入ってきた。
仮面の女の人が木箱のひとつにパンを置いて。
「ほら」
「ありがとうございます」
わたしはそそくさとパンを掴んで、動きをとめた。
「いや、毒とかは入ってないから安心していい」
仮面の女の人が言う。
わたしは疑いの目を向ける。相手が仮面をつけてたら顔だって見れるよ。
互いの視線がぶつかり合う。……やっぱり仮面をつけてる人が相手でも、ずっとは見れないよ。
「うう」
「…………」
そんなわたしと仮面の女の人を見ていたリゼが、男の人に視線を向けた。
「で、これからどうするつもりです?」
「まずは食事をすればいい。今は、な」
「そのあとは?」
「君たちは別になにもしなくていい」
「この行為には、いったいどんな目的があるのです? 王族を人質になどして、ただで済むとでも?」
「ふんっ。さすがは王族ということか。この状況にも恐れずに質問するとはな。……凄腕の護衛が一緒にいるからか?」
「凄腕の護衛?」
「凄腕の護衛?」
わたしとリゼの視線が交わった。
あと困惑と疑問の感情も。
どこに凄腕の護衛さんがいるの? きょろきょろと周りを見ても、わたしとリゼしかいないけど。
「おまえ、王女の護衛だろ」
男の人がわたしのほうを見てる。
鳥みたいなペイントがカッコいいなあ。
「………へっ」
それはともかく。
わたしは後ろを見て……いや、誰もいない。
男の人とわたしの背後を何度か見る。えっ霊能力的な、アレ?
「おまえだよ。白髪」
「わたしだったーっ!?」
落ち着けわたし。
わたしは護衛してたの? ていうかわたし護衛だったの?
いや、落ち着いてないじゃん!
すーはーすーはー。はい、落ち着いた。
「リーネは、いえ、その子はわたしの同級生です。護衛じゃないわ」
リゼの発言を聞いても、あっそうとは思わなかったみたい。
犯人のふたりは動揺もしなければ相談すらしなかった。
「だから……その子だけでも解放してあげて」
「仮に、その言葉が事実だとしても」
仮面の女の人が腕を組む。
「解放すれば騎士団に報告するでしょ」
「ああ。それにアクシラ魔剣士学園に入学するような家柄だったら、姫には及ばないとしても、金を用意できるだろう」
「……すいません。うち、貧乏貴族です。というか辺境の騎士の家系で……お父さんが仕事をしてるあいだに畑をたがやしたり、家の裏手にある森できのこを採取したり……シチューを作ったら8割じゃがいもで、鶏肉が入ってるのなんて滅多になくて」
どんよりとした表情のわたし。
うわぁって感じの犯人ふたり。
わかったでしょ。うちに身代金なんて払えないよ。じゃがいもでいいなら、別だけど。
「下級の騎士って大変なんだな」
なんて、心配された。
誘拐犯に心配される人質っていったい……。
「ともかく、その子は解放しても問題ないでしょう?」
リゼの言葉に誘拐犯たちは顔を見合わせる。
「実を言うとな。……おれたちは雇われただけなんだよ」
「そっ。つまりこれは仕事ってわけ」
「誘拐を手伝う仕事なの?」
馬鹿にしたように笑うリゼだけど、ふたりは平然としていた。
でも、わたしはそういう人や仕事があるって知っている。
運び屋さんとか解決屋さんとか。用心棒だったり助っ人だったり。
「その通りだ。別にどう思ってもらってもかまわないがな」
「でも雇い主に確認はとったほうがいいかも知れない」
こうしてリゼはふたりと一緒に雇い主さんとの交渉に向かった。
「そしてわたしはひとりになった」
部屋にひとりなんて、昔だったら逆に落ち着いていたかも。
でも今はリゼが心配で自分が心配で、ツラい。
「もしも交渉が上手くいって、わたしが解放されたらさ」
リゼがひとりぼっちで捕まってるってことになっちゃうじゃん。
それはダメでしょ。
なにがダメなのか、正確にはわからないけど。
ダメだって思うんだから仕方ない。だからダメだ。
「リゼを、友達をおいていけない」
武器もないけど。
砂鉄もないけど。
やる気はなんだか、あります。
「うおおおおおおおおおおお!!」
おおおおおおおお。
バトル漫画でよく見る気合いの声を出してみたけど、秘めたパワーが目覚めたりはしなかった。
時間停止魔法とかあれば、こんなとき最強なのに。
あるいはキングクリムゾン魔法とか。
「おい、うるさいぞ!」
扉がドンドンッと叩かれる。
うう。扉の向こうに見張りがいるってリゼも言ってたっけ。忘れてた。
恥ずかしい。
わたしの顔は真っ赤だ。
「……でも、どうするのがいいんだろう」
お金で解決するなら、そっちのほうがいいのかな。
うーんうーん。悩んでも解決しない。
パンをひとつ食べ終わって。
それでもリゼは戻って来ない。
「あっあの」
わたしは扉に向かって声をかけた。
「聞こえますか?」
「……なんだ」
「リゼはいつ戻って来ますか?」
「知らん」
「あの」
「話しかけるな」
わたしは体育座りで壁の高い位置にある窓を見上げる。
月明かりに照らされて、しばらく経った。
まだリゼは戻って来ない。
「……探しに行こう。で、助けられたら、助けよう」
探すことは迷惑かもしれない。
助けられるのかもわからない。
でも友達をひとりにするのは間違いだと思う。
「よし! がんばれわたし。やるんだ、わたし!」
黒い腕輪で面頬とローブをつくる。
今のわたしは狂想曲。
いつもはトラブルに巻き込まれる側だけど、今回はわたしのせいじゃない……はず。
リゼの誘拐に巻き込まれた。
巻き込まれたんだ。
それでもさ。
巻き込まれなかったら、リゼはひとりで捕まっていたかもしれない。
そんなの……心細いに決まってる!
「助けにいくからね。……おーい、おーい!」
わたしは大声を出した。
こんな大声を出したのなんて、何年ぶりだろう。
すぐに扉がガンガンッと叩かれたけど。うるさいって言われたんだけど。
「おーい! おーい! おーい!!」
「てめえ、いい加減にしろよ!」
扉が開く。
青筋を立てた男の人が、わたしを見て唖然とする。
「なっ……なんだ、お前」
「わたしは狂想曲。ただの──運び屋だ!」
唖然としている顔面に、わたしは飛び蹴りを放った。




