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拐われちゃった

 バタンッ……なんて、大きな音がした気がする。

 扉を強く閉めたような音だった。たぶん。


「うう」


 わたしは薄く目を開ける。

 頭にもやがかかったみたいに記憶が鮮明じゃない。

 寝起きっていうよりも、まだ寝ているような感じ。

 いつの間に寝ちゃったんだろう?

 寝ちゃった……?


「あっ」


 そうだ。リゼが倒れて、変な人たちがいて。


「ねえ、起きた?」


 すぐそこにリゼの顔が見えた。

 心配そうな表情。薄紫色の瞳には、わたしが映っている。


「うわっリゼ! 大丈夫? なんか首に刺さってたけど!」


「っ……大丈夫、だと思う」


 リゼは首筋に手を持っていって、すこし赤くなっている場所に触れると目を細めた。


「なにかされてたってことね。……触るまで気づかなかった。わたし、気づいたらここにいたから。いえわたしたち、ね。リーネはどこまでおぼえてる?」


 言われてわたしは思い出す。

 ふたりで見た夜景。ふたりで帰っていると、リゼがばたりと倒れたんだ。


「えっと、たしか……変な人たちが襲ってきたような……」


「そう」


 リゼは深い息をはいた。


「ごめんなさい。きっとわたしのせいだわ」


 わたしに向かって淡い金色が揺れる。

 頭をわずかに下げていたリゼが、キッと力強い視線を扉に向けた。


「なんとかして、リーネだけでも解放してもらえるように交渉するから。安心して」


 こつこつという音が扉の向こうから聞こえてくる。

 扉が開くと、仮面をつけた女の人が入ってきた。最近、仮面をよく見るなあ……。


「目覚めましたか?」


 声が狭い部屋に響く。


「ええ。あなたたちは何者です? わたしがローレンティアの王女だと知っての狼藉(ろうぜき)なのでしょうね?」


 リゼは普段よりも王女感が増している声だった。

 そんなリゼの声を聞いて、仮面の女がうすく笑う。


「何者か? そうですね、悪党とでも名乗っておきましょうか。ローレンティアの姫だと知っていたか、こちらには『はい』と答えます」


 女の人の声は平然としていた。

 だからこそ感情が読み取れない。


「……捕らえたと言うことは、危害は加えないのでしょう? お腹が空きました。食事を用意しなさい」


「ええ、もちろん。あと食事ですが、豪華なものは用意できませんよ?」


 仮面の女はくつくつと笑いながら部屋を出ていく。

 リゼが安心したように肩の力を抜いた。


「ふう……言ってみるものね」


「び、びっくりした!」


 まさか食事を用意しなさい、なんて言うとは思わなかったよ。

 わたしなんて何も喋れなかったのに。


「でも実際、誘拐するってことは何かしらのことをするまでは危害は加えてこないと思うわ」


「そりゃあ……そうかもしれないけど」


 身代金だとかなんだとか。

 貰えるまでは何もされないんだろうなぁ……とは、わたしだって思う。

 でも怖いって。


「うーん」


 わたしは部屋を見回してみた。

 壁は石積み。床はひんやりとした石。ドアはひとつで窓も上のほうにひとつ。

 木箱がいくつかあって、そのひとつにリゼが腰をおろす。

 倉庫っぽい。


「ここってどこなんだろう」


「さあね。どこかの地下だとは思うわ」


 月明かりだけが照らす、ひんやりとした部屋でふたり並んで座る。

 扉の向こう。遠くから足音かいくつか聞こえた。


「地下かあ」


 わたしの耳にあったイヤリングは無くなっているし、剣ももちろん奪われてる。

 手には金属製の手錠があって……。

 ああ、本当にさらわれちゃったんだ。


「リーネ、ごめんなさい」


「えっ」


「わたしと一緒にいたから、こんなことに」


「いや、別にそれはいいんだけど」


 わたしが言うと、リゼが首をひねった。


「よくはないでしょ」


「似たようなことが前にもあって」


「なにそれ、冗談?」


 あれはミザリアお姉さんと出会ってから、2番目にやったお仕事だったっけ。

 内密にローレンティアにやって来ていた他国のお姫さまが誘拐されて、それに巻き込まれちゃったんだ。

 そのときにお姉さんが言ってた気がする。


「ううーん。たしか……あきらめたらダメ。どんな状況でもチャンスはある」


 お姉さんがあのとき、そんなことを言ってくれて、ホントに助かった。

 だから。

 わたしはあきらめない。


「木箱はあるけど、カラっぽい。窓には届いても小さくて出られない。こっちにはふたり。あっちにはたくさん」


 ぶつぶつと現状を確認。

 わたしは考える。


「出られるとしたら、扉しかない」


「扉の向こうには見張りがいるわよ」


「えっ」


 わたしが目覚める前に、リゼが確かめたんだって。

 じゃあ、じゃあじゃあじゃあ……どうしよう。


「どうしよう」


「まあ姫なんかを誘拐する理由って、だいたい身代金でしょう? それをローレンティアに対して言うのか、アクシラに対して言うのかはわからないけれど」


 リゼは金属製の手錠を目の前まで上げて眺める。


「払ってもらうしかないわね」


「そっかぁ」


 そうかも。

 お姉さんに連絡ができれば、助けて貰えるかもしれない。でも連絡できない。

 黒剣の場所はなんとなくわかるけど、この部屋まで動かしてたらバレちゃう。

 わたしが何もしないほうが安全なのかも。


「ねえ、バイトって楽しい?」


 いきなりそんなことを聞かれた。


「あっうん」


「わたし、そういうことを今までやったことがないの」


「ま、だよね。お姫さまだもん」


「そう。姫だから食事に困ったことはないし、服だとか欲しい物を手にいれることにも困ったことがないの。でもそれってわたしのお金じゃないでしょ」


「そうかなぁ」


「ええ。お父さまのお金よ。だから……ここから出られたら、わたしに配送業を手伝わせてもらえない?」


「いや、別のバイトした方がいいと思う。あぶないし」


「……どこが?」


「なんか山が爆発したり、変な集団に襲われたり。運び屋さんってそんなことばっかりだよ」


「……アクシラの配送業って過酷なのね」


「過酷というかトラブルがネギを背負ってやってくるというか」


 それはそれで違う気が。


「なにそれ」


「でも……お姉ちゃんと修行するなら、リゼに働くような暇はないと思うよ」


 遠い目。

 お姉ちゃんの修行はきびしいもん。

 ふたりで木箱に座って話していると、また足音が近づいてきた。

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