夜景がキラキラ
わたしとリゼは街が見渡せる高台の広場に来ていた。
空は青から赤色に変わっていってる。
噴水とベンチと木が生えてるだけの広場は静かだけど、場所的に……なんというか。
「愛してるよ」
「わたしもよ」
そんな声が背後から聞こえる。ちゅっちゅっ。
うーん、気まずい。
リゼを横目で見る。まったく気にしていない風だった。
本屋さんの本棚に興味がない本があったときって、タイトルすら記憶に残らないけど、あんな感じかな? なんか違う気がするけど。
「綺麗ね」
「うん」
これはわたしたち。
街路に並べられている魔石灯の明かりが、街を縦横無尽に駆けていく。
すこし遅れるようにして、おうちやお店の明かりも灯された。
「この街に来てからけっこう経つけど、こういう光景を見たのははじめて」
「うん」
わたしの語彙力と対話スキルは0だった。
でも綺麗だなって思ってるのはホントだよ。
「トトラって……いや町のほうだけど、夜は真っ暗なんでしょう?」
「うん」
「王都はね、これほどじゃないけど明るいわ。でもそれはロウソクだとかランタンの明かりでね。それだけでも、やっぱりアクシラ王国には勝てないなって思ってしまうの」
「うん」
「飛行船で強盗とわたしの護衛が戦うのを見たでしょ? わたしの護衛って、本当は優秀な魔剣士たちなの。近衛兵団でも選りすぐりの兵士」
「うん」
「それでも強盗相手に勝てなかった。惜しい、なんてこともない。完敗よ、完敗」
「うん」
「ローレンティアの魔法技術は遅れてるって知っていたけれど、実際に見てしまえば言葉にもならないほどの差があった」
「うん」
「おそらく、ローレンティア人でアクシラ人や他の国の魔剣士に匹敵、いや勝てるのは──あなたのお姉さんだけ」
「うん」
「……あなたって本当は強いの?」
「うん。……うん? う、ううん!?」
「なんで話さないのよ」
「い、いやあ」
こういうテーマで話しますって先に言っておいてくれないと、陰キャで友達もいなかったわたしのようなミジンコレベルのメンタルと対人スキルの持ち主は、なにがなんだかわからなくなってしまう。
その点でいえば相づちっていいよねって思ってたけど……。
「うーん。あの、わたし話すのが苦手で」
「知ってる」
「だ、だよね。でもさ……変わりたいって思ってるんだ。弱い自分を変えたいって」
「……そう」
「昔から、こんなだったんだ。周りの貴族の子供たちとの顔合わせに行ったときにも、うまく話せなくて。泣かしちゃって」
「泣かした?」
「うん。……リゼは気づいてないかもしれないけど、わたし、目も合わせられなくて。それでちょっと……ね」
「いや、知ってるけど」
「ええ!?」
「でもわかるわ。小さいときにリーネの変顔を見せられたら、わたしだってトラウマになっちゃうかもしれない」
変顔? わたし変顔なんてしないよ?
リゼはなにを言ってるんだろう。
「と、ともかく。わたしは陽キャになりたいんだ」
「……その陽キャってなに?」
「えっ」
ふたりで話していると、空が暗くなっていた。
魔石灯の明かりで街が照らされているのに、空には満天の星空が見える。
日本の都会だったら、きっとこんなに美しい夜空は見えないはずだ。
「陽キャっていうのは……友達がたくさんいて、クラスでは人気者たちのグループに属していて、困ったときに助けてくれるような親友がいるような人。っていう感じかな」
「ふーん」
「で!」
「あ、まだ続いてたんだ」
「休日はショッピング。高級レストランでシャンパンタワー築いちゃうような感じ」
「シャンパンタワーっていうのはわからないけど、休日にショッピングはできたじゃない。よかったわね」
平然と、それこそ晴れてる日に晴れてるなって言うような感じでリゼが言った。
「うん! リゼ、ありがとう!!」
わたしが言うと、リゼがくすくすと笑う。
今日買った服なんかが入った紙袋、(ほぼリゼのだけど)を護衛の人たちが持って先に帰ってくれる。
その姿を見送ってから、わたしたちも帰ることにした。
アクシラ王国首都リーンの夜は明るい。通りの向こうまでハッキリ見える。
きゃっきゃと声が聞こえている広場から離れて、ふたりで並んで街を歩く。
石畳にこつこつと足音を鳴らしながら夜空を見上げて。
「また一緒に買い物に……行かない?」
わたしは勇気を振り絞って言った。
でも。
あれ?
「リゼ?」
振り向くとリゼが地面に倒れている。
なんで? 転んだ?
よく見ると首筋に針みたいなのが刺さってる。なにあれ。
「えっ」
なにかが首筋に当たった。
「はじかれた?」
屋根の上から声が聞こえる。
「ちっ……やはり姫の護衛は優秀らしい」
屋根の上から降りてきた人や通りの向こうから歩いてきた人が、剣を抜いて近づいてくる。
わたしは腰に手を動かした。
「待て。お互いに手荒な真似はするな」
黒剣の柄をつかんでベルトから引き抜こうと──した瞬間。
別の人が現れた。
お面をつけた女の人だ。その女の人が腰につけた革袋から手を引き抜く。
「ふぅっ」
手のひらにあった白い粉がわたしのほうに向かって飛んできて。
「けほっけほっ」
なにか吸い込んじゃった。
あっという間に、堪えられない眠りがわたしのまぶたを重くする。
「なに、これ」
「巨大な獣でもひと吸いで昏倒するというのに。やるなぁ、ローレンティア人」
ばたりと倒れる。薄れていく意識の外で声が聞こえた。
「ん? どうするつもりだ」
「どうするもこうするもないでしょ。人質が多いほうが、分け前も増えるはず」
身体が浮いたのを感じた。
魔法で飛んでいるような感じでもなくて、抱えられてる感じ。
まるで荷物みたいに。
ぼんやりとした視界には石畳が動いていくのが見えた。
「……お姉さん。リゼとわたし、さらわれちゃってます」
「おい、こいつなにか言ってるぞ」
「寝言でしょう。それに誰に話すというの?」
こうしてわたしたちはさらわれてしまった。




