デュランツ
【デュランツ】
俺は、第三王子のゼオが嫌いだ。ローレンティア人のリーネも嫌いだ。
そいつらの背中を追いかけながら走っていると、やはり思う。嫌いだってな。
俺は──男爵家の三男として生まれた。
両親はいつも言っていた。娘が欲しかった、と。
たとえば……王族であれば、男の子供っていうのにも使い道がある。他国の王侯貴族の娘と政略結婚でもさせれば、そりゃ国益になるってもんだ。
じゃあ男爵家の子供ならどうだ?
簡単な話だ。
アクシラ王国が戦争中だってんなら、部隊を率いて戦っていたりもするだろう。
でも、今は平和な時代だ。戦争なんて起こりそうもない。
長男のアニキは次期当主として大事に育てられ、次男のアニキはその予備って感じで育てられている。
三男なんてのは、予備の予備。いらない子ってやつだ。
そんな俺は魔剣士にあこがれてしまった。
アニキたちが小さい頃から受けている、剣術の訓練や魔力の訓練を……俺は受けさせてもらえない。
それでも、魔剣士になりたかった。
アニキたちは俺が好きなときに遊んでいられるから、うらやましいって言ってたが……俺はアニキたちと一緒に修行がしたかった。
「三男のおまえに教師をつけたり、学校に行かせるような金はない」
「あきらめなさい。家柄のいい娘を探してあげるから」
両親にそんなことを言われて、俺は絶句した。
金だったら、あんたらが飲んでるワインのボトル1つで足りるだろ。
家柄のいい娘? こんな年齢で結婚させる気かよ。
まだ10歳だった当時の俺は、自分の生まれを恨んだ。
それから、俺は自力で努力をすることにした。
アニキたちが眠ったら、部屋に忍び込んで教科書を紙に書き写す。全部を写し終えるのに1ヶ月くらいかかったな。
こうして書き写した教科書を、俺は丸暗記するくらいに読んだ。何度も。何度も何度も。
学力はどうにかなったが、剣術はどうにもならない。
アニキたちのチャンバラを見ていても、いまいちわからなかったからだ。
「うわーっ!」
横道から飛び出てきた人造生物がリーネの頭に噛みついた。
俺は人造生物の横っ腹を蹴っ飛ばす。人造生物は壁で跳ねて、また攻撃を仕掛けてくる。
「おりぁ!!」
斧の一撃が命中した。
バラバラになったクラゲのような肉片は再生しない。
「この人造生物、魔力切れみたいだな」
下を見てみると、リーネが「あばばばば」とか言いながら震えている。
どんくせぇやつ……でも、怪我すらしていない。
良い魔力を持ってるってことか。
「食べられるかと思った。あっありがとう」
「……ほら、行くぞ」
客観的に見て、俺は弱い。
魔力の修行はアクシラ王国では6歳くらいからはじめるのが一般的だが、俺は10歳からだ。
それも、書き写した教科書から独自にやっているから完璧な修行でもない。
同年代のやつらと比べれば、圧倒的に魔力量が少ないはずだ。
つまり技量は無く、魔力量も無い。
では俺はどうしたか?
同じ技量と魔力量の魔剣士たちが戦えば、よりよい剣を持っているほうが勝利すると教科書に書かれていた。
じゃあ高価な剣を買う? ありえない。そんな金はない。だから斧を使うことにしたんだ。
斧を使う魔剣士なんて、聞いたことすらない。
だが斧は、剣にはできない重い一撃を放てる。
一撃。これは魔力量の少ない俺にとっては、相性がいい武器だった。
こうして俺は肉体を鍛えつつ、教科書を読み、斧での戦い方を編み出して。
アクシラ魔剣士学園に入学したいと言ったときの両親の顔は青ざめていたっけな。
「斧なんて使うな、当家の恥になるだけだ」
「やめなさい。三男が合格するなんて無理よ」
両親は考え方を変えるべきだ。古くさい考えなんて、いらない。
俺は勝手に入学試験を受けた。
結果として、合格して、こんな授業を受けているわけだが……。
「っ!?」
痛みで視線を落とす。人造生物がふくらはぎに噛みついてやがる。
「あ、あっち行け!」
リーネが黒い剣を振り回した。
人造生物は俺の足から離れて、また向かってくる。
大きな口が開いた瞬間。ゼオの武骨な剣とハヤテの刀が人造生物をぶった切った。
「大丈夫か?」
ゼオが言う。
「大丈夫だ。だが、ここでおまえらとは別れる。俺は王子ってのが嫌いだからな……先に行け」
「そうか」
ゼオは気にしてなさそうに、迷宮を進んでいく。
リーネは俺を心配そうに見ている。
「お前も行け」
「で、でも」
「すこし休んだら、行く。疲れたからな」
何度かこっちを見てから、リーネがとぼとぼを進んでいく。
俺は足を見てみた。
いてえな。人造生物の歯形と同じように血が出ている。
「魔力がもっとあれば、こんな攻撃で怪我なんてしねぇのによ」
つぶやく。
少ない魔力は、さっきの攻撃で使い果たしていたらしい。
自分の魔力量すらわからないなんてなぁ。
「ちっ……来やがるか」
遠くから人造生物たちの鳴き声が聞こえてくる。
どんどん近づいてくるのがわかった。
「クソが」
考え事なんてするもんじゃねえってことか。
魔力がもっとあれば、怪我すらしないのに。
自分の弱さに腹が立つ。
まあいいさ。あいつらは行ったんだからな。どうせ家にも戻る気がない。
ここで死んでも──。
「おい」
と、行ったはずのゼオが戻ってきた。
「行けって言っただろうが」
「すこし進んだ先で、リーゼリア姫たちがいた。あいつらが言うには、すぐそこに出口があるらしい」
「お、おい! なにしやがる!?」
ゼオの野郎が俺をおんぶしやがった。
「おまえ、魔力が切れてるだろ」
「うっせーボケ! 切れてねぇよ!」
「じゃあ振りほどけ。自分の足で歩けばいい」
「……クソッ!」
俺のほうがでかいのに、ゼオは俺をおんぶして進んでいく。
左右にはリーネとハヤテが立って、まるで守っているように──いや、守ってもらってるんだ。
腹が立つ。
でも、そこまで悪い気はしなかった。
しばらく進むと出口が見えてくる。
俺は王子が嫌いだ。王家の三男と男爵家の三男では、同じ三男でも天と地ほども違う。違うのに、どちらも三男と呼ばれるからだ。
ローレンティア人も嫌いだ。他国の人間なのに、俺が必死に努力して入った学園に、簡単に入ってくる。
でも、この考えは間違っていたのかもしれない。
ゼオはこうして、俺なんかをおんぶして運んでくれているし、リーネはどんくさいがいいやつだ。
「考え方を変えないといけないのは、俺も同じか」
つぶやいていると、出口の明かりが見えてきた。
 




