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試験は危険

 今日の授業は学園の地下にある迷宮で行われる……らしい。

 そもそも地下にそんな迷宮なんてものがあるのを、わたしは知らなかった。

 学園の地下迷宮──そりゃ響きは異世界っぽいけどさ。実際に見てみればただの洞窟っていう。

 昔、テレビでやってた金の採掘をしていたって廃鉱っぽくもある。

 説明を聞いた限りでは、ここに突入して出口を目指すって授業みたい。


「簡単ですよ。実技試験を受験のときにやったはず……あれの地下バージョンです。ただし今回は王冠はありません」


 そんな説明をエールッシュ先生がしてた。

 のが。

 今から一時間前。


 わたしは迷宮の迷宮たる所以(ゆえん)をひしひしと感じていた。

 右を見ても左を見ても、なんなら前や後ろだって同じ光景が広がっている。

 すこしだけ間隔があいている魔石灯の明かりがあるから、暗くて見えないなんてことはない。

 薄暗いんだけどね。


「うーん、十字路。わたしはどっちから来たんだろう。後ろだった気もするし、右だった気もするし」


 まさか高校生(ホントは学園生)になって迷子になるなんて。

 

「そもそも、何かおかしい気がする」


 わたしはつぶやく。そして思い出す。

 迷宮の入り口はひとつで、そこに新入生たちが一斉に突入したんだ。

 つまり横並び。いや、わたしは足がそこまで速くないので3馬身くらい後ろだったけど。


「まず、前を走ってたみんなの背中が消えた」


 ロウソクの火をふっと消したみたいに。わたしにはそう見えた。

 あわてて追いかけていると右や左に通路が見えて、それでもわたしはまっすぐに進んだんだ。

 まっすぐを選んだ理由はたいしたものじゃない。

 もしみんなが左右に曲がってたら、さすがにカドの先で背中くらい見えるでしょっていう淡い期待があったから。


「それから……それから……今に至る」


 うーん。


「お姉さんに助言を……いやいや、ずるはダメ」


 所詮は授業。されどって感じで魔剣士のための授業。

 普通の体育みたいな話じゃないはず。


「それに、わたしの力だけで合格したい」


 とりあえず後ろを向く。

 たぶんこっちから来たはず。


「よくも悪くも、わたしはまっすぐに進んでるから、まっすぐに行けば元の場所に戻れるはず」


 こういう迷子になる展開って、マンガやアニメでよくあるんだ。

 たとえば『なっ、ここはさっき通った場所だ……』とか『オレたちは幻を見ていたっていうのか』っていう展開は有名で多すぎる。

 ふっふっふっ……つまり、そういう展開ってことでしょ。

 来た道を帰れば、この場所に戻ってくる。何度も何度も。


「ちょっと……いいかも」


 できれば周りに数人いればよかったなぁ。ひとりじゃ、『もうオレたち終わりだぁ』って錯乱するキャラみたいになれないし。


 そうしてわたしは後ろにあった通路を走って。走って。走って。

 はい、あら不思議。さっきの場所に戻ってしまいました。

 ただし……授業のはじまったときの場所っていう、さっきの場所なんだけど……。


「あれ? リーネさん、どうして戻ってきたんですか?」


 困惑顔のエールッシュ先生に問われて、わたしは真っ赤な顔を両手で隠したのだった。まる。


 さて、そんなことがあったけれど。

 そんなことは脳内の黒歴史ノートに書き込んでからバタンッと閉ざした。

 迷子? なにそれ? わたしは今から遅れてスタートするんだ(震え声)

 わたしはまっすぐに走っていく。とりあえず、まっすぐ。


「一度、元の場所に戻ってくるのは悪いことではないと思います。この授業は一番を目指すようなものではないので……って先生も言ってた!」


 元の世界の授業で、この授業に近いのってなんだろう。

 マラソンだとピンチだ。


「……あ! そういえば魔力を使っていいんだ」


 禁止なんて言われてない!!


「でも飛ぶには足りない」


 持ってきている砂鉄は腕輪にしてるのと剣にしているのだけ。

 さすがにそれだけじゃ少ない。飛べても、あまり長くは飛べない。あと飛んだら天井の岩に頭をぶつけるかも。

 とりあえずブーツの底に腕輪の分だけをくっつけた。


「ああ……浮いて移動すれば疲れない~。最初からこうすればよかったなぁ」


 わたしは額の汗をぬぐう。

 地面から数センチ上をホバー移動するなんてはじめての経験だったけど、やれないことはない感じ。

 空を飛んでるのと比べると魔力の消費が少なくていいかも。


「あとは、みんながどっちに向かったのかわかれば」


 追いつける。

 そう言おうと思っていると、足音が聞こえてきた。

 向かっていた方向から誰か走ってくる。ここが迷宮、つまり迷路だとすれば、わたしの時間のロスなんて、ぜんぜん問題なかったのかも知れない。

 

「あっあの」


 わたしは勇気を出して声をかけてみる。

 あとの言葉は一緒に行きませんか? これでよし。

 でも走ってきた生徒たちは、わたしの横をすり抜けて横道に消えていった。

 あれぇ?


「む、無視……された。されちゃった」


 カタカタと手が震える。

 のけ者? いない人? もしくはわたしが見えないとか?

 わたし、なにかしちゃったの? 迷子になって、あとは声をかけただけのはず。

 なにしちゃったんだろう。


「浮かんでるのがずるいから、かな」


 エールッシュ先生は別に魔力の説明はしてなかったけど、もしかすると今回も使用禁止かも知れない。

 でも言われてないのはセーフなのでは?

 わたしは腕を組んで考えつつ、地面すれすれまで降りた。

 で、奥からまた走ってくる人が見える。


「よし、今度こそ」


 目を凝らす。

 走ってきてるのはゼオ王子みたいだ。


「あの!」


 ゼオ王子はちらりとわたしを見てから、さっきの人たちと同じようにわたしの横をすり抜けていく。

 あばばばばばばばば。


「ちっ」


 後ろで舌打ちが聞こえた。


「来い!」


 いきなり(えり)を捕まれる。

 ぐえっ。喉が絞まりつつ引っ張られた。

 原付きに乗った女子高生のマフラーみたいに、風に揺られてふらふらふらふら。

 まるで漫画みたいだなぁ。

 あ、わたし浮いてるからか。


「グラァァァァァ」


 何かの鳴き声が洞窟に響く。

 さっきまでわたしが立っていた場所に、狼とクラゲと昆虫を足して2で割ったような生き物が見えた。

 気持ち悪い。みんなわたしを無視してたんじゃなくて、アレから逃げてたんだ。

 なんだかホッとする。

 

 ゼオ王子と引っ張られてるわたしを、奇妙な生き物たちがたくさん追いかけて……。

 いや、なにあれ!?

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