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王女VS熊

【リゼ】



 剣をテーブルに置くと、リーネががんばれと言った。もちろんがんばるつもりだ。

 相手はただの石像にしか見えないけれど……。

 いいえ。これと同じようなモノを実技試験で見ている。

 巨大な騎士の石像と熊の石像。

 おそらく、あれと同じように動くのでしょうね。


「それで、どこまでやれば?」


「どこまで?」


 グノー教諭が首をひねった。


「そんなことを考えながら戦えるほど、きみは強いとでも?」


「いいえ、違います。ですが、壊しても怒らないで欲しいんです」


 わたしはグノー教諭の茶色の瞳をまっすぐに見る。


「ふっ。壊せれば、怒るどころか評価するさ」


 床を踏みしめる音が聞こえて、わたしはとっさに飛び上がった。

 石の熊の背中に手をついて一回転して着地する。

 その石の熊は止まれなかったのか、テーブルに激突した。


「うわぁ」


 悲鳴が聞こえる。

 避けれなかった人がいるのだろう。

 しかし、やっかいな相手だ。

 触れたのは一瞬だったけれど、その感触は間違いなく石だった。


「はっ!」


 わたしは魔力を足に込めて蹴ってみる。

 石の熊は無傷だ。普通の石なら砕けなくてもヒビは入ってるはずなのに。


「魔力を物体に込めて操る技術は、極めて高度なモノだ。魔剣士が魔力を使って防御力を高めるように、こういったゴーレムと呼ばれる存在は込められた魔力が尽きるまで、高い防御力を持ったまま動き続ける」


 ということは、込められた魔力が尽きれば動きを止めるってことね。

 でもそれがどのくらいなのか、わからない。

 数分後に止まるのか。

 もしかすると何時間も動くのか。


 追いかけてきた石の熊を、壁を蹴って避けたとき「あ、あの!」という声が聞こえた。


「先生。尽きた魔力は、また込められますか?」


 リーネが言っている。

 何でこんなときに、そんなことを聞いてるの!?


「可能だ」


「でも魔力を受けつけないっていうか、なかなか馴染まないんですけど」


「ふむ……」


 なんでわたしが戦ってるのに、このふたりは普通に話してるんだろう。


「剣が使えないだけで、こんなにも戦いにくいなんて」


 小声。

 わたしが小声なのにふたりは普通に話している。


「それは面白いケースだな。実物を見なければわからないが、おそらく意図的に魔力を込めてできたモノではないのだろう」


「そうですそうです!」


「ならば時間をかけるしかあるまい。同じような環境に置いていれば、勝手に戻るはずだ」


「わかりました。ありがとうございます!」


 すこし。すこーし、イラッとした。

 王族としては他者に感情を見せるべきではない。人びとの上に立つ存在だからだ。

 王族は常に冷静に、豪胆に、あとは優雅さをひとつまみ。

 なんて。

 なんてね。

 できるかーーー!!


「──!?」


 まるで感情があるみたいに、おどろいたような石の熊の顔面へと掌底(しょうてい)を叩き込む。

 パキリパキリと音がした。


「リーネ、わたしが戦ってるのによそ見をしないで!」


「あっはい!」


 わたしは数日前の深夜に見た光景を思い出す。

 絶剣と名乗る凄腕の魔剣士は、素手で戦っても強かった。

 相手が何倍もいるのに、たったひとりで、それも武器も使わずにあっという間に倒していく。

 相手の魔剣士たちは誰もがわたしよりも強かったに違いない。

 だから。だからわたしは絶剣の戦い方を真似した。

 ほんのすこしでも、今より強くなれるように。


「ハァッ!」


 手のひらに魔力を集めて、わたしは掌底を放つ。

 ヒビの入っていた場所に打ち込まれた何度目かの一撃で、石の熊の顔が砕け散った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 席へと戻ろうと足を進める。

 全身が筋肉痛になったみたいにツラい。身体は汗と砕けた石ばかりで、シャワーでも浴びたい気分。

 リーネが胸の前に、両手で拳をつくっていた。

 よくやったと。そんな意味があるのだろう。


 でも、その氷の張った湖みたいな瞳に影が映る。


「くっ」


 とっさに魔力を込めた腕で防いだけれど、わたしはどかんと吹き飛ばされて壁に激突した。


「──そこまで。……最後まで油断するな。生物であれば、頭部がなくなればまず絶命している。だがこれはゴーレムだ。頭などの生物的な要素はない」


 石の熊は頭部分がないのに平然と歩いて、出てきた檻のそばに座る。

 わたしは!瓦礫がれきを払いながら立ち上がった。

 失態だ。石像が熊の姿で動いているから、勘違いしてしまった。頭を潰した程度で勝ったと思ってしまうなんて。


「まだやれます!」


「いや、さっきと同程度の攻撃を受ければ魔力が尽きるぞ? 下がりなさい」


 魔力が尽きれば、受ける攻撃は生身で受けないといけない。そしてわたしでは生身であんなの防げない。

 負けたの? こんな大勢に見られている前で?

 唇を噛みしめる。

 このままじゃ駄目だ。

 そうは思っても、グノー教諭が言った通り、わたしの魔力はもう残り少ない。


「……はい」


 わたしは視線を落とした。

 生徒たちの姿なんて見れない。きっと嘲笑の(まと)だ。

 ローレンティアの姫が、石の熊──ゴーレムに負けたなんて。いい笑い種だろう。


 靴と床の継ぎ目しか見えない。

 そのまま進んでいると、目の前に別の靴が見えた。

 茶色のブーツだ。

 わたしは視線を上げていく。見慣れたローレンティアの服装と白い髪、その奥にある氷の張った湖みたいな瞳の色。

 まっすぐに視線があった瞬間。

 なぜだか瞳が右往左往しているけれど。


「リーネ」


 あなたもわたしを笑うつもり?

 そう聞きたかった。でも声が出なかった。

 代わりに、リーネの口が開く。

 あわあわと唇が震えている。


「わた、わたしが……次はわたしがいきます!」


 そう言って、すれ違ってリーネが進んでいく。

 わたしは席に座った。周囲からの視線はどんなものだろう? それでも今はリーネを見る。

 グノー教諭はわたしのときと比べても真剣な表情をしていた。

 腕を組み、リーネを見ている。


「はじめ!」


 その声で石の熊が、無いはずの頭部で吠えた気がした。

 目も無いはずなのに見えているのか、まっすぐにリーネに突っ込んでいく。

 リーネは正拳突きをしようとして──吹っ飛んだ。


「はぁっ!?」


 誰の声だろう。

 わたしか、グノー教諭か、あるいはこの教室にいる全員かも。

 リーネはめり込んだ壁から出て、突っ込んでいく。石の熊も同じように突っ込んでいく。

 正面衝突。

 まるで馬車にはねられたみたいに、リーネがぐるぐると宙を舞う。


「まっ待」


 待て、と。

 グノー教諭が言う前に、リーネは立ち上がっていた。

 無傷だ。自分から殴りに行き、殴る前に攻撃を受けて吹っ飛ぶ。


 そんなことを10回。いやもっともっと多くやって、最後にはリーネが天井に突き刺さる。

 風に揺られたてるてる坊主みたいにぶらんぶらんと揺れているとき、石の熊は──いやゴーレムはただの石に戻った。 

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