応用魔法戦闘術
はじめての授業、というよりはクラスメイトの顔をおぼえるような時間が終わった。
あのクラスは1年赤組なんだって。他に青とか黄とかもあるみたい。
ローブなのかマントなのかケープなのか、微妙なところの赤色の布を配られたので、わたしも着てみる。なんだかおしゃれだった。
これが生徒手帳代わりというか、赤組の一員である、アカシみたいな感じなのかな?
そのあとは職人って感じの人たちが教室に入ってきて、生徒たちを採寸していった。
1週間くらいで制服が届くらしい。
だからそれまでは私服とケープ(たぶん)で授業を受けるんだって。
先輩たちが新入生の顔をおぼえて、無駄なトラブルを起こさないようにって意味もあるなんて聞いたけど。
いや、わたしって入学式で目をつけられてるんですが!?
「先輩たちに目をつけられてるってどこの主人公なんだろう。もうテンプレすぎるけどさ。わたしは平穏に陽キャ生活をしたいだけなのに」
ぶつぶつ言いながら視線を上げた。
リゼがいる。シャルとシャロがいる。みんな美人だし、可愛い。
美人と可愛いって両立するんだね。
わたしは手を合わせた。
「ああ、眼福じゃぁー」
「なにしてるの? さっさと行くわよ」
ということでリゼの背中を追いかけてやって来たのは、別の教室だった。
扉の上には『応用魔法』って書かれている。
ぼけーっと見ているとリゼたちがもう教室に入ってた。あばばばば。
この教室も席は自由みたい。
リゼたちが一番前に座っちゃったから、わたしもしぶしぶ前に座った。
本当は一番後ろがよかったんだけどなぁ。
しばらくして。
「授業をはじめる」
そう言って教室に入ってきたのは、黒い肌をしたスキンヘッドの先生だ。
筋骨隆々でいかにも強そうな格闘家って見た目の先生が教卓に腰をおろす。
椅子に座らない先生は想定してなかった。
「おれはグノーという。教える科目は応用魔法戦闘術だが……まあ、人気のない科目だ」
グノー先生は手に持った本に視線を落としている。
「応用魔法戦闘術──これは簡単に言ってしまえば、魔法を使ってどうやって戦うかを教えるものだが、決闘術や魔剣術の授業のほうが人気だ。理由はわかるか?」
まるで新入生たちに興味がないって感じ。
一度もこっちを見てない。
「はいはいはーい!」
明るい声。
わたしの右隣に座ってるシャルが手をあげてる。
「ん、答えろ」
グノー先生はそれでも視線を上げなかった。
「決闘術の授業は魔剣士相手の戦い方を教えてくれるから楽しい。魔剣術の授業は剣術の訓練ばっかりだけど強くなれるから。以上──だけではなくて、応用魔法戦闘術の授業は剣以外の戦闘術を教えるからです。魔剣士は剣を使ってこそ魔剣士ですから」
声は同じなのに、途中から雰囲気が変わった気が。
隣を見てみるとシャルが「なんだよー」って言いたそうにシャロを見てる。
きっと途中からシャルじゃなくてシャロが代わりにしゃべってたんだろう。
「君たち、名前は?」
君たち、と言われてシャロがビクッと震えた。
本を読んでるのに、声を聞き分けたの? 同じ声にしか聞こえないけど。
 
「あの……シャロ・アウロです」
「シャル・アウロ~」
「そうか。学園長の……ふむ。まあいい」
グノー先生は本をパタンと閉じると教卓から降りた。
ようやく新入生を見て、軽く息を吐く。
「応用魔法戦闘術がつまらんと思っているやつ、手をあげろ」
ざっ、という音でたくさんの手があがっていた。
わたし以外のほとんど全員だ!?
「ん、もう手はおろせ。そこの白髪、手をあげなかった理由は?」
わたし!?
「あの、その、なんといいますか……わたしはローレンティア人なので、応用魔法戦闘術というのがなにか、いまいちわからなくて」
「そうか。応用魔法戦闘術とは、先ほどシャロ・アウロが言っていた通りのモノだ。剣を使わない魔法戦闘術を教える授業であり、その戦闘術の総称でもある。基本的には魔力を使った防御や移動、あるいは槍や弓の使い方。そういったものを学ぶ」
「なるほど」
「ではそれを聞いたうえで、もう一度問おう。手をあげるか?」
「い、いやぁ」
「それはなぜだ?」
「剣を使わないのに強い人に……この前その、会いましたから。その人は素手でした」
ヴォルグさんなんて素手ででっかい剣を受け止めたし、お城にいたわたしを追いかけて来た魔剣士さんたちも、速くてなかなか逃げ切れなかったもん。
「ほう。あまり知られていないが、世界には剣を持たない魔剣士すらいる。そういったやつらは魔力量が他の大多数よりも抜きん出て高い。見れてよかったな」
グノー先生は教壇のわきに置いてあった大きな檻を引っ張ってくる。
「さて、新入生たちは実戦がお好きらしい。なら実戦をしようか。お前たちが好きな戦闘訓練だ。誰がやる?」
また教室でざっ、という音。今度は全員が手をあげていた。
いや、わたし以外の全員なんだけどね。
そんなわたしをグノー先生はちらりと見てから、視線を新入生たちにさ迷わせて。
「そうだな……よし、白髪の隣。シャル・アウロ、おまえではない。そっちの、やってみろ」
「はい!」
リゼが席を立つ。
「が、がんばれ!」
「ええ!」
うーん、なんか今のいい感じだったのでは?
わたしがうんうん首を振っているとグノー先生が手のひらをリゼに向けた。
「待て。言うのを忘れていたが、剣は使うな」
「なっ! そんなの……」
「新入生全員に問う。お前たちの勝負、戦いとは、いったいなんだ? 剣を持っていないときに襲われたら、即座に負けを認めるのか? 相手が剣を落とした瞬間、勝ちを確信してしまうのか?」
新入生たちはきょろきょろと隣の生徒と顔を見合わせてる。
でもひとりだけ鼻で笑った人がいた。
「どうした、意見があるなら言ってみろ」
「ああ、すんません」
片手をあげて頭をすこし下げたのは、ゼオ王子だ。
「先生を笑ったんじゃないです」
「ほう。では、どうして笑った?」
「俺はこんな生活をする前、喧嘩ばかりしてたので。剣が使えないくらいで戦いを躊躇するのがおもしろかっただけです」
リゼがむっとして眉間にシワを寄せてる。
にらんでる相手はゼオ王子。一触即発って感じだ。
「そうか。実戦経験があるのはいいことだ」
グノー先生はそんなふたりではなく、さっきの檻に視線を向ける。
上からかけられていた布を下ろす。
がちゃりと檻の鍵が開かれる。
「さて、戦うかは決まったか?」
檻からゆっくりと出てきたのは、石でできた熊の石像だった。
 




