1年赤組らしいです
「ねえ、あの剣は持ってこないの?」
寮の部屋から出るときに、リゼがそう言った。
わたしの腰には抜き身の黒剣がある。いつも背負っていた大剣じゃなくて、普通の両刃剣──の形をした砂鉄の剣だ。
「あっはい。いや、うん。あっちは魔力が尽きてて」
「魔力?」
金剛無敵ヴォルグさんと戦ったときに、わたしだけの魔力じゃ足りなくて砂鉄に込めていた魔力も使っちゃってたんだ。
わたしに向かって集めたり、剣として飛ばしたり。使わなかったら勝てなかったと思う。
今では大剣のカタチにしているので精一杯。
だからベッドのわきに寝かせてある。
「はい」
「ふうん」
リゼが廊下を進んでいく。
わたしはあわてて隣に立った。リゼは黒剣を見てる。
「でも、大剣から長剣に変えるのって難しくないの?」
「あっでも自然に染み込んでた魔力だから、チャージしてはい復活とはいかないみたいで……使えそうな部分だけ切り離したら、こんな大きさに」
「は?」
リゼがいぶかしんでるような顔でわたしを見た。
あれ、変なこと言っちゃったかな……話題を変えないと!
「あの、昔は、このくらいの大きさの剣だったので大丈夫かなぁと。えっと今日は剣術なんかを習えたらいいなぁ……」
わたしは視線を落としながら言った。
「昔って師匠といた頃のこと?」
「師匠?」
「ええ。あなたのお姉さん、アデル・トトラはわたしの師匠なの。ま、認めてくれないから勝手に思ってるだけだけどね」
「へ、へえ」
うう。なんだか会話が上手くいかない。
陽キャってどうやって話してるんだろう。
若干しょんぼりしているわたしはともかく。わたしたちは教室に入った。
長机が棚田みたいに並んでいるロココ調の教室に、今年の新入生たちがいる。
リゼが最前列の真ん中に座ったから、わたしは隣に座った。
日本の学校みたいに決められた席じゃないみたい。
「班を作ってください……ふひっ……先生、多々良さんが余りました。え? あー、誰か一緒に……くっ」
わたしは机に頭をぶつけた。まるでキツツキみたいに。
忘れてしまえ、こんな記憶。涙と一緒に流れて消え去れ!
「おーーーーーん」
「……えっ、なにしてるの? というか、どうしたの?」
リゼが若干引いてる様子でわたしを見てる。
だ、ダメだ。黒歴史を忘れても、また新しい黒歴史が生まれるところだった。
「いやぁ……ちょっと虫がいて」
「虫がいたって頭突きしないでしょ……」
「はははっ……」
席が自由だったら隣の席でペアを作るときなんて簡単かもしれないなー。
だから変な行動はしないようにしないとね。
このままだと、わたしの学園生活が終焉を迎えちゃう。
「あたしらの部屋に来たときもそうだったけどさ、ヤバい人じゃん」
けらけらと笑いながらシャルがわたしの隣に座った。
「おもしろい」
くすくす笑いながらシャロがその隣に座る。
クラスの人数は20人もいないくらい。入学式にいた人たちはもっともっと多かった。
いくつもクラスがあるんだ。
そのいくつもあるクラスのなかで、リゼやシャルとシャロの双子たちと一緒になるなんて……わたし運が良すぎ。ああ、今日死んじゃうかも。
「今度はニコニコしてるー」
けらけらと笑いながらシャルのアホ毛がぴょこんぴょこんと動いてる。
「おもしろい。でも少し怖いね」
シャロの言葉がわたしの極薄ガラス製のハートに突き刺さったとき、扉が開いた。
教室に集まってる生徒たちは全員座っている。つまり入ってきたのは、先生だ。
わたしは砕けたハートをあっという間に復活させ、視線を向ける。
「あ、エールッシュ先生」
声に気づいたエールッシュ先生は、一瞬だけだけど、わたしに視線を向けて微笑んだ。
ように見えた瞬間。
青白い顔で後ろを向いた。
なんだか「ううっ……昨日の酒が」とか「吐きそう」とか聞こえるけど、そんなの幻聴だよね。
くるりと振り向いたエールッシュ先生は、はじめて会ったときのような凛々しい顔だった。
「みんな、おはようございます」
教卓に両手をついてエールッシュ先生は微笑む。
「これからしばらくのあいだ、あなたたちの担任をするエールッシュ・カーリットです。今年からクラスを任された新人教師だけれど、困ったことがあればいつでも言ってください」
教室のあちこちから「かっこいい」とか「美人」だとか。
そんな声が聞こえてるんだけどさ。
ううーん。わたしは昨夜の酔っ払ったエールッシュ先生を見てるからなぁ……。
「さて。このクラスにはローレンティアからやって来た生徒がふたりいますので、まずは魔法についての基本を説明することにします」
後ろの席から嫌そうな言葉が聞こえた。
アクシラ人の生徒はみんな知ってるみたいだ。あくびしているような声まで。
でもわたしとリゼはエールッシュ先生の言葉に集中する。
「魔力には陰と陽があります。これらは表と裏のように対極的なものであり、先天的なものだから、自分でどちらかを選ぶことはできません」
これは知ってる。
ちなみにわたしは陰の魔力らしい。
「陰の魔力は肉体の外に影響が出て、陽の魔力は肉体に影響が出る」
わたしはヴォルグさんを思い出した。
あの人はきっと陽の魔力だよね。めちゃくちゃ陽だ。
そういえば絶剣さんはどっちなんだろう?
「しかし魔力には、持ち主の身体から離れると極端に弱くなる性質があります。だからこそ陰の魔力を持っている人は、ずっと冷遇されてきた」
単純な戦闘では陽の魔力──肉体を強化した魔剣士には勝てないから。
わたしだって砂鉄がなければ、あまり戦うことすらできないかも。
「でもね、近年では陰の魔力も優秀だってことが浸透してきています。魔法具などの物づくりだけではなく、実戦でも戦えるんです」
エールッシュ先生はみんなを見渡した。
「わたしはあなたたちを立派な魔剣士にしたい。みんなにいいところがあるはずです。わたしは、そこを伸ばすことができるように努力します。みんなも一緒にがんばりましょう!」
わたしはこくこくと首を振った。
立派な魔剣士。それがどんなものかわからないけどさ。
せっかく学園に入ったんだもんね。
陽キャになりつつ、立派な魔剣士を目指そう。──わたしはそう心に決めたんだ。




