酒も怖い
リゼとパフェを食べて、また買い物をしてから街で別れる。
お姉さんに連絡してみるとエールッシュ先生と飲みに行ってるみたい。
まだ明るいのにいいのかな? いいんだよね、たぶん。
荷物を抱えながら学園に戻って寮に向かう。
場所はお姉さんが教えてくれていたから、わかったんだけど。近づいてみると3階建ての大きな建物だった。
外観だって綺麗。でも住んでいる人は少ないんだって。
「お、お邪魔します」
返事がない。
でも入ってすぐの柱に、
『新入生で寮を使いたい方は1階をご自由にどうぞ』
なんて書かれてる。ご自由って言われてもなぁ。
「とりあえず見てみよっかな」
そうしてわたしは1階の部屋を開けてみることにした。
ガチャリ。ガチャリガチャリガチャリ。
部屋の間取り的にはどの部屋も同じみたいだけど、内装が微妙に違っている。あと誰も部屋にいない。
ちょうど出かけているというよりは、使われていないみたい。
「ま、まさか……わたしひとりなんてことは……」
さすがに広い寮にひとりはさびしい。
というか悲しい。ガチャリ。
「あっ」
人がいた。
「あれ~トイレに行きたかった白髪のコじゃん」
「すいません、この部屋は使ってます」
同じ顔がわたしを見つめてる。
筆記試験のときにリゼを追いかけようとしたわたしをトイレに案内し、実技試験のときにはふたりで戦ってた、双子たちだ。
「あっはい。すいません」
バタン。
わたしは扉を閉める。
よかった。ひとりじゃなかった。
「…………」
いや、ちょっと待てわたし。
これってチャンスじゃないの? 同じ寮に住んでる同級生。わたしを嫌っては無さそうな女の子たち。
と、友達になれちゃうんじゃ……。
「あれ多々良さんいたの?」
「影うすっ。意見を言わないとわかんないよ?」
「ちょっとみんな黙って。多々良さんが話したいって」
あ、あわわわ。
トラウマがぶり返してきた。
「で、でも……わたしは失敗を恐れない女になるんだ。オタクくんさーおもしろそうな漫画読んでるじゃん……って違う、これオタクに優しいギャルだ」
わたしは扉に頭突きをして記憶をぬぐい去った。
ガチャリ。
双子が唖然としながらこっちを見てる。
「おっすオラ、リーネ……」
バタン。
わたしは扉に頭突きした。
ガチャリ。
「やあ、こんにちは。わたしの名前はリーネだよ。ふふっ……あの、ふたりの」
バタンッ。
わたし扉に何度も頭突きした。
数日前にお城でのバイト中に会ったベルさんの真似をしてみたんだけど、わたしにはあんな飄々とした感じは出せないらしい。
すこしだけ扉を開けてなかを見てみると、この部屋はふたり部屋のようだった。
ベッドがふたつあって、その間の床で双子が抱き合っている。仲がいいんだなぁ。
ひとり部屋じゃないのも楽しいかも。
「な、なあ……あんた」
覗いてるわたしに気づいたのか、双子のお姉ちゃん──シャルが震える声を出した。
頭の上に生えてるアホ毛がへにゃっとしてる。
赤い髪もあいまって、なんだかりんごみたい。
「あっはい」
「あたしらを呪い殺す気か?」
なんで!?
「い、いやいや!」
「あの……ご用件は?」
アホ毛が生えてない以外はほとんど瓜二つの妹──シャロが震えた声を出した。
「えっと、わたしリーネ・トトラです。……あっこれどうぞ。わたしも寮で暮らすので、な、仲良くしてください」
扉のすき間からさっき買ったクッキーを2袋さっと入れて、扉のすき間からまた覗く。
シャルとシャロはポカンとした表情だ。
ふたりで顔を見合わせる。くすくすと笑いはじめた。
「あたしはシャル・アウロ。よろしくな!」
「あたしはシャロ・アウロです。よろしく」
シャルのアホ毛がぴょこんぴょこんと動いてる。
犬の尻尾みたい。魔法……なのかな? たぶん違うと思うけど。
「ふへっ、リーネ・トトラです」
「もう聞いたよ」
「もう聞きました」
わたしは扉を閉めて部屋探しに戻ることにした。
パーフェクトコミュニケーション。ちゃんと話せ──てない!!
なんなの、あれ。わたし不審者じゃん!?
顔が隠せればもっと話せるんだけどなぁ。同い年の女の子なんて、一番話すのが苦手だよ。
隣の部屋を開けてみると、ここには誰もいなかった。
空室のふたり部屋。
どこを使ってもいいなら、ここなんていいかも。
いや、でもふたり部屋をひとりで使うのもなぁ。
「ここにするの?」
後ろから声が聞こえた。
振り返るとリゼが立ってる。わたしは変なポーズで驚く。
びっくりした。どうしてリゼがいるんだろう。
「わたしも寮に住もうと思うの。ひとり部屋でもいいんだけれど、せっかくだし一緒の部屋なんてどう?」
「あっはい」
わたしは無意識に答えていた。
「そう。じゃあわたしは右のベッドを使うわね」
リゼが右のベッドに腰をおろす。
えっ、えっえっ……えっ?
「どうしたの?」
「あっその……宿から私物を持ってきます」
左のベッドの上に、今日買った物を置くと、わたしは逃げ出すように扉から出ていく。
廊下を走って学園内を走って、校門から出て街路の人混みのなかで動きを止める。
「やっ」
わたしは拳をかかげた。
「やったああああああああああああああああああ」
周囲の視線なんて知るもんか。
今のわたしは寮で、お姫さまと同室なんだ。
これきっと友達でしょ! 学園デビューでしょ! 学生カーストでも最高位であろうリゼだよ?
やったね。夢が叶ったよ。
もう暗い自分は居ないんだ。消滅──完了。
「やったやったやった。わたしは陽キャだぁあああああああああああ!!」
こっちを周囲の人が見ている。
恥ずかしい。いや、陽キャはこんなことで恥ずかしいなんて思わないに違いない。
「ふっ」
わたしはさっそうと居酒屋に向かった。
この進化をお姉さんに伝えるためだ。
あの居酒屋、ラビットシュガーは裏路地にあって、場所的には怖いし知ってる人しかいけないようなお店なんだけど。
まあわたしは何回も行ってるから、ひとりでも迷わずに扉を見つけることができた。
扉を開けて中に入る。
「お姉さん!」
奥のほうの席でお姉さんとエールッシュ先生の姿が見えた。
わたしはそのテーブル席に近づいていく。
あれ、エールッシュ先生の様子がおかしい。
「ほんとツラいのよ……新人教師だからってコキつかうの。あれしろこれしろってね。できなかったら、そんなこともできないのかって。ねえ、聞いてるのミザリア?」
「あっはい」
お姉さんがわたしみたいになってる。
「学生時代は楽しかったわね。……ふたりならなんだってできたわよね」
「うーん。まあ無茶なことはたくさんしたけどさ」
「ね。……よし、あの教師どもをしばきに行きましょう!」
「いや、駄目だってそんなの」
「なんで? なんでそんなこと言うの? 昔のあなただったら、真っ先に剣を持っていったわよ。変わっちゃったの? 変わっちゃイヤよ。ねえねえねえねえねえねえ……ううっ」
エールッシュ先生はどばどば涙を流していた。
顔は真っ赤で、離れた場所にいるわたしまで届くくらいに酒臭い。
わたしはそっと踵を返してラビットシュガーを出た。
宿に置いていた大剣と私物を担いで、宿屋の店主のおばさんに感謝を伝える。
とぼとぼ歩いて寮に戻るとベッドにダイブした。
そして。
シーツにくるまる。
「えっ? リーネ、どうかしたの?」
「人生は苦痛の連続だと知りました。ああ、生きるのが怖い」
「えぇ……」




