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バエル系パフェ

「おい、見ろよ」

「ん?」

「ほう。あれが剣鬼の妹か」

「弱そう」

「アヒャヒャ……ねえ、()ってもいい?」

「ダメよ。まだ、ね」

「うふふっ、白い髪がステキね。切りたいわぁ」

「オレ タタカウ マケナイ」

「賭けようぜ、誰が倒すのか。どうだ?」

「おもしれぇな。城を賭けてやるよ」

「ぼくは許嫁を賭けるよ」

「いや、それはひどくない?」

「剣が血を欲している──」


 わたしはキャラの濃い先輩たちからの視線に気づかないふりをしながら、お姉さんを見た。


「やったね、リーネちゃん」


「はい?」


「あそこにいるやつら、みんなリーネちゃんと戦いたそうだよ」


「……みたいですね」


「全員を返り討ちにして名をあげちゃえばいいんだよ。裏ではもう有名人だけど、表では無名なんだしさ」


「いや、その、わたしはほそぼそとクラスの中心グループの1歩後ろくらいで立つのが目標なので……」


 えー、とお姉さんは晩ごはんに嫌いな野菜が出た子どもみたいな顔をする。

 お姉さんはきっと学生時代に陽キャだったに違いない。

 わたしだって陽キャにはなりたいんだけど、正直……いきなりクラス内カーストの最上位を目指すつもりなんてないんだ。

 半分より少し上くらいになれたら、いいなぁって思うけどね。


 入学式が終わった。

 大講堂内では新入生と保護者さんたちが話し合っている。おめでとうだとかなんだとか。

 わたしは家族が来ていないから、お姉さんだけだ。お姉ちゃんはどこに行ったのか姿が見えない。

 あの先輩たちが2階の観覧席みたいな場所からずっとこっちを見てて不安だ。

 せめて反対側に視線をそらせようとしても、うーん。どこを見ても人がいる。


「あっ」


 そして周りを見て、気づいた。

 お父さんやお母さんと話をしている新入生たちのなかで、リゼがひとりぼっちだった。

 ローレンティアのお姫さまだから、お父さんやお母さんっていうと王さまや妃さまになるんだろうけど。

 そりゃ来れないよね。


「お姉さん、ちょっと行ってきます」


「おっけー。あたしもエールッシュのとこに行ってくるよ」


「あっはい!」


 わたしはリゼの前に立った。リゼはびっくりしたような顔でわたしを見ている。

 視線をそら……さないようにがんばって。わたしはリゼの胸あたりを──ってダメじゃん!?

 うう、でもやっぱり目なんて見れないよ。


「どうしたの?」


「あっその……えっと、あの」


 そもそも何を言えばいいの?

 わたしは顔をぶんぶんと左右に振った。

 陽キャなわたし。わたしは陽キャ。誰とでも話せるし、映えるスイーツをむさぼる女! SNSに写真を投稿するために、遠くまで旅行できる女!!


「ねえリゼ、一緒に買い物に行かなぁい? 映えるスイーツとか食べちゃおうよ!」


「買い物? バエ?」


「わたしらって寮に住むことに……ゲロゲロゲロ」


「うわっ、えっ……大丈夫?」


「ごめんなさい。無茶しすぎました……でもその、一緒に買い物なんて、ど、どうかな?」


「あ、あは、あははっ」


 リゼはお腹をかかえて笑った。


「ええ、いいわよ。バエルスイーツだっけ? それを食べに行きましょう」


 にっこりと笑うリゼと並んで、わたしは大講堂を出る。

 入学式のあとは自由時間なんだ。

 お姉さんはエールッシュさんと話してるし、黙って行ってもいいかな?

 あとでイヤリングを使って連絡はできるもんね。


 わたしたちはとりあえず家具とか小物を買いに行くことになった。

 アクシラ魔剣士学園に入学する生徒は、ほぼ全員がアクシラ人。でもアクシラ人は寮に住んだりはしないらしい。

 そりゃそうだよね。だって、近くに自分の家があるんだから。

 遠くから来ているアクシラ人か、わたしやリゼくらいしか、きっと寮を使わないんだろうなぁ。



【リゼ】



 リーネはどうやら学生寮を使うらしい。

 街で買い物をしているときに話したけれど、特待生を狙っていたんだとか。

 正直、無茶だと思った。

 今年の特待生はゼオ王子ひとりだけだったのだから。

 特待生に選ばれれば、学費などが免除される。しかし魔剣士はほぼほぼ貴族しかいないから、実際は特待生というものは(はく)をつける意味合いのほうが強い。

 アクシラ王国第3王子が特待生に選ばれた──わかりやすい宣伝だろう。

 もちろん、受験での成績が優秀だった者も選ばれるのだろうけれど。


 たとえばリーネの姉であるアデル・トトラは、ローレンティア王国が選出した留学生であるから、アクシラ王国での滞在費や学費などはローレンティア王国が出している。

 以前アデル・トトラから、父親は普通の騎士なのだと聞いていた。

 それも田舎の小さな町の騎士だ。

 どんな暮らしなのかも聞いてはいたけれど、それは姫として生まれた自分には想像すらできない。


 でも、これだけはわかる。

 きっと金銭的な不安があるのだろう、と。


「こっちで住むとしても、食事だとか服だとか、そういうお金はどうするの?」


 わたしが聞くとリーネはすこし肩を落とす。


「バイトをしてるのでなんとか」


 バイト、つまりどこかで働いてるってこと?


「へえ。どんなところで働いてるの?」


「あっその……いろんな場所で」


「……どんな仕事なの?」


「なんというか、人から人にモノを届けたりって感じです、だよ」


 ですだよ?


「あ、白い髪のお姉ちゃん!」


 ふたりで適当なカフェに入った瞬間、ちょうど店から出ようとしていた女の子がこちらに向かって声を張りあげた。

 リーネはえへへと笑いながら、照れているみたいに頭の後ろを掻いている。

 女の子は後ろに立っていた両親だろう男性と女性に、ゴニョゴニョとなにかを話していた。


「その節は……本当に、本当にありがとうございました」


「娘から聞きました。どうぞ、いつでも店に来てください」


 そう言って両親であろうふたりがリーネに握手を求める。

 リーネはずっと照れていた。

 この家族とどんな関係なのかしら。父親も母親も涙ぐんでいるけど。


「あっはい。ぜひ」


 お互いにぺこぺこと頭を下げながら、家族が店を出て去っていく。

 女の子は楽しそうな顔で笑い、姿が見えなくなるまでリーネに手を振った。


「どういう関係なのか、聞いてもいい?」


 わたしは案内された席に座ってから言う。

 向かいに座ったリーネは視線をそらしながら、うなずいた。


「あの、さっき言ってたバイトで出会いまして。権利しょ……その、手紙のようなものを届けて、えっと」


「配達の仕事をしてるんだ」


「……まあそんな感じ、かな」


 このあとリーネが頼んだバエルスイーツとかいう大きなパフェを、ふたりがかりでなんとか完食した。ふたりして青白い顔になっている。

 リーネはテーブルに突っ伏して、なにかの液体を伏せられた顔の周辺から溢れさせて……。なにあれ。


 ともかく。

 わたしは近くの席でコーヒーを飲んでいた護衛の騎士たちに近づいた。


「わたし、これから寮に住みます。ホテルに置いてある荷物を運んでおいてください」


 騎士たちは口をそろえて駄目だと言っていたけれど、たまにはわがままを通してもいいだろう。

 なにせ、わたしは学生ではあっても王女なのだから。

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