学園編スタート
ついに入学式がやって来た。
思えば……思えば、とても長かった。
高校デビューの前の日に転生しちゃったんだもんね。
髪を切ってもらって生まれ変わったわたしが、本当に生まれ変わっちゃうなんて。
だから、今日こそがホントの学園デビューの日になる。
何年越しのデビューだよって思うけど、がんばらないと!
こっちの世界の家族も優しいし。
運び屋さんも今では結構楽しいし。
特待生だと免除されてる学費は、特待生になれなかったから払わないといけないけど、運び屋さんをやっていればなんとか払っていけるはずだし。
もうわたしの前に障害物はない。
なにもない。
あとは進むだけ。ほんのちょっとの勇気だけでいい。
この世界に来て、最初は悲しかった。でも悪いことだとはもう思わない。
新しい家族やミザリアお姉さん。
狂想曲として出会ってきた人びと。
全部がわたしを成長させてくれた──はず。
「ついに……ふふっ、ついにこの日がやってきた……」
わたしはつぶやいた。
「今なら……トラックだって止められる。気がする」
それはそれとして。
もしまたこれで転生なんてなったら精神が崩壊しちゃう。
学園の前の道路を、右見て左見て。右見て左見て。
上と下も確認したあとで、もう一度だけ左右を確認。
「よし。トラックも隕石も流砂や底なし沼的なものもない!」
こっちの世界にトラックなんてないけどね。あっても荷馬車だし。
足早に校門を通って身構える。テメー喧嘩うってんのかとか言ってきそうなモヒカンの先輩はいない。そんな装備で魔剣士なめてんのかとか言ってきそうな人もいない。
ホッとした。
「リーネちゃん」
と、お姉さん。
お父さんとお母さんが来れないから、今日はお姉さんが保護者代理として来てくれてるんだ。
隣に立っているお姉さんがわたしの肩に手を回して、ポンポンと軽く肩を叩いた。
「ちょっと早いかも知れないけど、入学おめでとう」
「はい……はい!」
わたしはぶんぶん音が鳴るくらい頭を振った。
◇◇◇
入学式が始まってしばらく。
いつの時代も、そして世界も、このよくわからないけどありがたいらしい話があるんだなってびっくりした。
アクシラ王国からの来賓って人(名前は忘れた)が話をはじめてから、もう長い。
大講堂にいる周りの新入生たちは、まったく聞いてない人と真剣に聞いてる人とボーッとしてる人に別れている。
わたしはもちろんボーッとしてる人だった。
「な、長い」
「あら、そうかしら」
隣に立っていたリゼが少し首をかしげる。
「なかなか良い話だし、わたしはもっと聞きたいわ」
「えっ……ぜんぶ聞いてるの?」
「もちろん。たとえばさっきの話、魔剣士はよき魔剣士たらんという話には感銘を受けたわ。日々の精進が立派な魔剣士の基礎を作る。……ええ、ええ、そう。やはりすばらしいわね」
リゼはわたしと話ながらも、来賓の挨拶を聞いていたらしい。
聖徳太子かな。わたしはそう思いつつ壇上を見る。
来賓のおじさんが挨拶を終えてぺこりと礼をしたあと、席に戻っていく。
「あっ」
わたしの口から声がこぼれた。
次に広い壇上の中央に立ったのが、見たことのあるおばあさんだったからだ。
「どうかした?」
「その……あのおばあさんって」
「ん? ああ、アクシラ魔剣士学園の現学園長ミカエラさまね」
「ミカエラさま……あの人ってわたしたちと同じ飛行船に乗ってなかった?」
「ええと、そういえば乗ってらっしゃったような気も。ごめんなさい、あまり覚えていないわ」
「そっか」
「でも、あの飛行船に乗ってよかった。カプリチオさまに出会えたのは奇跡だもの」
リゼは銀の腕輪を、そこにあるのを確認するみたいに撫でた。
大切な品なんだなぁ。
「……って、うそ、リゼ、狂想曲を知ってるの?」
「知っているわ。それにお会いしたことだってあるし」
「あっあ~飛行船のとき?」
「それもそうだけど、実は先日、とあるパーティーで……いえ、なんでもないわ」
リゼは言っちゃダメなことを言おうとしたという感じで、あわてて片手を口元に持っていく。
やっぱりお姫さまにもいろいろあるのかな。
でも狂想曲がこんなにも知られた存在になるなんて。
「──まずはご入学おめでとうと言わせてね。わたくしはミカエラ・アウロ、アクシラ魔剣士学園の学園長をしています」
優しげな声で、学園長のミカエラさんが言う。
「この学園で皆さんに知って貰いたいのは、魔法というモノが行動することによって変わっていくということです。修行をサボっている人よりも、修行を続けている人のほうが強いでしょう? それが行動の結果というモノなの」
新入生たちは全員がその声に耳をかたむけていた。
先生たちだって、それは同じみたい。
「行動には良いことも悪いこともあるわね。だからそれを知らなければならないわ。学園はあなたたちに知識を与えます。でも知識だけではダメ、自分で行動しなければならない。目的と方向性はあなたたちが決めなければならないの。──どんな魔法使い、魔剣士になるのかは自分自身で決めなさい。この学園はその手助けをしましょう」
パチパチ。拍手が聞こえた。
よくわからないけど、がんばれってことだよね? わたしも手を叩く。
そんなわたしのほうを見て、ミカエラさんがにっこり笑った気がする。
あーっ、そういえば受験のときに面接を取調室で受けさせてもらったけど、エールッシュ先生がある方から特例で受けさせてあげて欲しいって頼まれたとかなんかって。
きっとおばあさんが──いや、ミカエラ学園長が頼んでくれたんだ。
わたしはぺこりとお辞儀をする。
壇上の椅子に座ったミカエラ学園長が軽くうなずいたように見えた。
「師匠」
「……師匠?」
リゼがいきなりそんなことを言ったのでおうむ返しにするわたし。
視線を追っていくと、壇上に黒髪が見えた。まるで墨を流したようなつややかで腰まで届く、長い黒髪。
凛とした瞳は氷の張った湖みたいな色。
「あっ、お姉ちゃん」
そこに立っていたのはアデル・トトラ。わたしのお姉ちゃんだった。
「本来であれば、この場に立っていたのは生徒会会長であるパトリシアさんでしたが……彼女は不慮の事故により欠席しています。在学生代表の言葉はわたし、生徒会副会長のアデル・トトラがおこないます」
ざわざわ。ざわざわ。
周囲の生徒たちが息を飲んだり、あれがうわさの、なんて話している。
先生たちは困惑しているみたい。
というかお姉ちゃん生徒会の副会長だったんだ。知らなかった。
「こほん」
咳払いをしたお姉ちゃんが紙を開くと、会場は静まり返る。
大講堂にいる新入生たちはお姉ちゃんに注目していた。
「──新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、わたしはアクシラ王国の生まれではありません。わたしはローレンティア王国人です。しかしこのアクシラ魔剣士学園は、そんな外国人であるわたしをこころよく受け入れてくれました」
お姉ちゃんは新入生たちを眺めた。
「2年前、わたしはあなたたちと同じく新入生でした。遠い異国で不安もありましたが、それでも剣を極めんとする仲間たちと出会い、ともに切磋琢磨して来ました……」
お姉ちゃんはそこまで読んで黙ってしまう。
えっ、あれで終わり?
「……」
「アデルさん?」
入学式の司会をしていた先生が呼びかける。
お姉ちゃんは紙をくしゃりと握った。
「実際、ローレンティア人だからと文句を言ってくるやつは多い」
わたしはあんぐりと口を開けた。
「簡単な話だろう? ローレンティア人が受かれば、そのぶんだけアクシラ人が不合格だったということだからな。わたしに対して嫌がらせをするやつもいたし、突っかかってくるやつもいた」
さっきとは別の意味で会場が静まり返ってる。
お姉ちゃん、なに言ってるの!?
「だが、わたしはそいつらをことごとく打ち倒してきた。学園長が言っただろう? 行動が大事なのだと。アクシラ人、ローレンティア人、そんなことは力に関係などない。わたしたちは魔剣士だ。生まれも育ちも知ったものか! この学園においては実力こそがすべてだ! 新入生ども、この言葉に文句があるなら、わたしを倒してみろ!」
あばばばばばばばばばば。
「リーネ、またあとでな」
お姉ちゃんは華麗に去っていった。
「……ふぅ」
もう学園やめようかな。
わたしは心のなかで泣いた。




